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野の花(前篇)

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ミセス・トーマス・ハーデー著  黒岩涙香 訳 トシ 口語訳

野の花

          二十三 「大夜会の催し主」

 大夜会とは名を聞くのさえ身が震えるほどなのに、その催しの主人とは、とても自分に勤まる事ではないが、勤めないわけには行かない。あいにく品子が日頃に似ず、この事だけには少しも口出ししない。全く澄子を困らせる計略らしい。

 澄子は全く困った。困るに付けては何事も総て夫に相談する。相談の度に小言を言われる。ある時などは、少し冽(たけし)が癇癪を起こした様で、「貴婦人たる者が、夜会の催しも出来ないのではしょうが無いじゃないか。」と言った。

 貴婦人でも理不尽でも、知らない事は出来ない。澄子もほとんど我慢が尽き、「本当に私はもう思いますよ。いっそ、私を父の家にそのままお置き下さったなら、貴方のお幸せであったろうにと」冽は慌てて自分の言葉を取り消し澄子をなだめなければならない場面である。

 今までならば、きっとそうしたが、今はそうしない。自分でもなるほどこの結婚が一種の過ちであったのか、結婚せずに別れた方が、お互いの為であったのかと、この様な思いが心に浮かんだりする。と言って、今更後戻りの出来ない事柄なので、無言で澄子の顔を見つめた。

 この席にもし母親が居なかったら、或いは夫婦の仲が破裂するところまで、行ったかも知れないが、幸いに母親が居た。母親は流石に、一身の愛情と一家の大事との軽重を知っている。「貴方がたはまあ、互いに顔の色を変えて、この目出度い宴会の矢先に何事です。澄子が知らないのは無理もないから、私が引き受けて上げますよ。」と言って、会主の責任を自分の手に引き受けた。何事でも一家には、年を取った人がいなくては治まらないと見える。

 こうなると今まで遠ざかっていた品子がまた進み出て、腕を見せることになった。表向きは勿論、澄子の名義だけれど、母親と品子とで何事も相談し、案内状も出し、飾り付けも指図し、万事落ちもなく運んで、いよいよその当日となった。

 澄子は安心したけれど、余り嬉しいことはない。




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