巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

nyoyasha17

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 4.23

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如夜叉    涙香小子訳

                        第十七回

 「手前(てめえ)『まあ坊』を知って居るか。」
と天狗ッ鼻の竹は問い返したが、彼早や我が口の滑ったのを後悔し何とか旨(うま)く云い紛らわそうと思う様子なので、長々はそうははさせないと隙間もなく切り込んで、
 「『まあ坊』を知っているかと素人臭い事を言ううな。エ公園地の踊りに出た事のある人間が『まあ坊』を知らなくて何(ど)うするものか。」

 竹はいよいよ空とぼけて。
 「何だと公園地の踊りに出る『まあ坊』だと、夫(それ)じゃァ違う。俺の知っている『まあ坊』は八百屋の娘だ。今年十八になるてエんだが美しいぜ。手前(てめえ)などに見せて遣(や)りてえ」
 アア彼は長々の上を越すずる賢い男だ。巧みにこの難題を切り抜けようとするが長々も猶(なお)屈せず、

 「ナニ俺の言うのは顔に傷のあるまあ坊よ。手前が何時も一緒に踊ったじゃねえか」
 (竹)「そうだったかなあ、随分いろんな女の子と一緒に踊ったから一々覚えては居ねえが、そうさ手前にそう聞かれると何だかその様な名の女もあったように思う。はてな何歳位の女だっけナあ。」

 咄(とつ)このずる賢い奴め。今は逆さまに問い掛けて長々がどれ位『まあ坊』のことを知っているかを探ろうする。これで見れば彼は既に長々を疑って、その筋の探偵かそうでなければ我が身の敵には違いないと見て取ったのだ。長々若し真に探偵の技術を心得た男ならば、この上彼の疑いを深くしないため、しかるべく言葉を転じ全く敵意無きを示すべき所だが、長々はまだ探偵に慣れていない若者なのだ。鼻竹が我よりも巧者であるのを見ては、腹立たしさに耐えかね、この上は容赦なくギュウの音も出ぬ迄に遣り込めてやるとばかりに、

 「幾つ位の女だか手前が忘れて溜るものか。踊りが済めば何時でも大勢で『まあ坊』に連れられてこの店に来、散々ご馳走になったじゃないか。なア馬尾蔵(ばびぞう)の主人」
 馬尾蔵をまでも我が証人に引き出そうとす。これには鼻竹も少しギョととする様子なので長々は又切り入り、竹の顔を充分に眺めながら、

 「俺などは手前が若し『まあ坊』の色じゃないかと内々岡焼きに焼いたくらいだ。」
この言葉には顔色が変わるに違いないと思ったのに、彼既に用意の臍(ほぞ)を固めた為か髭一筋も動かさず全く平気の面持ちで、
 「見たところじゃ手前も職人の様子だが他人の事に余計な気を揉みやがるじゃ無いか、面白くもねエ、エ、人職人てえものは余計なおしゃべりするものじゃない。手前気を付けなきゃ探偵と間違われるぞ。」
といとも冷たい言葉を吐く。

 彼は長々を素人探偵と見破ってこの様に嘲るのだろうか。きっとそうだ、我を嘲り敵意を示すものに違いないと長々は見て取って直には返す言葉も浮かばない。この時主人馬尾蔵は遅まきながら先程の長々が言葉に応じてここに来た。

 「そうとも、手前が『まあ坊』を忘れるものか。手前などが一年掛けても稼げぬ程の金を『まあ坊』は一夜に奢ってしまったじゃないか。その後『まあ坊』が居なくなれば、手前も又見えぬから何うしたかと思ったが、今夜又踊りの支度をして来たところを見ると『まあ坊』も帰って来たと見えるな。又連れて来て俺にも金儲けをさせてくれえ。竹何をその様に澄ますんだ。久しぶりだから何とか言え。畜生本当に久しぶりだ。何でも七年か八年振りだ。此の間の夜一時過ぎに息せき切ってこの店に飛び込んだときなどは手前の顔を見忘れ掛けていたぜ。」

 悪しき心もなく言う言葉も彼の胸には応えるのか彼は無言ではいられず、
 「何だと、この間の夜、俺はその様な事覚えていないが。」
 (馬)「白ァ切るな俺の目をくらましたきゃァ鼻と髭を切り落としてしまえ。全体先夜は何うしたってんだ。丸で巡査にでも追っかけられたと言う風だったぜ。」

 鼻竹はセセラ笑い、
 「ナニ人悪い事をせぬ人間を何で巡査が追っかけるものか。俺は坂の上から走り降りたから少し息が切れただけのことよ。だが何時までここに話したってしょうがない。少し友達を待っていたが来やがらないからどれ行こう。」
と言いつつ既に立ち上がり、

 「これで勘定を」
と言って金貨一枚をテーブルの上に投げ、その儘(まま)出て行く様子だ。
 (馬)「もう行くのかまだ踊りには時間が早いぜ」
 (竹)「早くてももう行かなきゃ」
とこの言葉を後に残し長々には見向きもせずに出て行ったので、長々は殆ど手の内の玉を取り落とした思いがしたが、之より彼の後を追い公園地に入って行けば踊りの前の『まあ坊』が居るも知れない。何しろこの儘(まま)逃がすべき鳥ではないと己(おのれ)も続いてここを出ると彼十間(18m)足らず先にいた。

 公園を指して行く様子だと見ていると彼いよいよ踊りの囲いに入って行った。だが彼の妻である彼のお紋は既に帰ったものと見え姿も見えないので先ず好しと安心して長々は今までの事を考えて見ると、質屋の店で図らずも松子夫人に逢った事からお紋を救った事、松子夫人の指輪を拾った事今又酒店にて鼻竹に逢った事等総て偶然とは言いながら天が我が為に力を貸し、様々の手掛かり与えてくれたのに違いない。

 之だけの手掛かりを得ながら実(まこと)の罪人を捕えルことが出来ないばかりか肝腎の犯罪の内容さえ見破る事が出来ないのは人に聞かれても恥ずかしいことなので、空しく心ばかりを悩ませたが良い思案も浮かんで来ない。ともかくも先ず公園で踊っての後にしようと是より足を速めてその入り口に達っしたが、イヤ待て暫(しば)し、このまま入り込んでは既に鼻竹が我を疑う様子なので却(かえ)ってことがうまくいかなくなるだろう。

 充分に姿を変え、誰が目にも長田長次と分からないようにした上でなくてはと思い、ここに姿を変える心を起したが夫(それ)に就いては、以前からこの辺りに出店を開き、踊りに用いる仮面を初め様々の衣類を損料で貸し渡すお皺婆という老女がいるのを思い出し、殊にその皺婆とは極めて懇意《親密》の仲なので急いで取って返してその店に入って行き、遠慮もなく奥の化粧の間に通り凡そ二十分ばかりにして全く我が姿を変え出て来た時のその有様にはお皺婆さえも驚くばかりだった。

 驚くも道理で彼はアメリカ豹と綽名ある獣の皮衣を着け顔には様々の絵の具を塗り純然たる赤印度人に扮装したので長々生とは思われないばかりか、仏国人とさえも思われない。この扮装に婆が驚くを見、上々吉と一人頷き公園を指して急いだ。公園地にて彼如何なる目に逢わんとするのだろう。回を重ねて説き分けよう。

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