巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

nyoyasha34

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 5.10

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                      第三十四回

 現在曲者の一人がこの部屋の上に居ると聞き鶴子と耕太郎は半信半疑。
 (耕)何のような人相です。
 (長)鼻竹と綽名さるる位で鼻が滅法高く顎の辺り一面に穢(むさ)くるしい髭が生えています。
 (耕)それは何かの間違いでしょう。この五階にその様な人はありませんよ。ねえ鶴子。
 (鶴)イエ何うだか分かりません。随分出入りの沢山ある家ですから。それに何だかその様な人相の人を見受けた様に思います。

 (長)イヤ見受けても見受けんでも居る事ハ確かです。私が見届けてありますから。
 (耕)あれこれ言うより降りて行って帳場で聞くのが一番早い。その者の名は何と言います。
 (長)「名は竹二郎と言いますが、苗字は分かりません。併し帳場で聞くまでもない。私が直ぐ五階へ上り捕えてしまいます。」
と長々生は頻りに勇みたった。

 (耕)捕えても仕方がないでハありませんか。先が直接に我々へ損害を加えたと言うのでハないから警察へ引き立てると言うことも出来ないし。
(長)勿論警察へハ連れて行かなくとも問い詰めます。何でも彼に『まあ坊』が何処に何をしているかと言う事を問い詰めれバ松子夫人と同人か別人かと言う事も分かりましょう。又同人とすれバ、事に由(よ)ると茶谷立夫が『まあ坊』の情夫と言う事も知って居るかも知れません。ソレに茶谷と亀子の結婚を廃(やめ)させるのは難しい様で実ハ容易でしょう。もう我々の手の裏に種々の証拠が揃ったのも同じ事です。

 (耕)でもその様な事を問うた所で彼ハ何も貴方に訊問されるいわれがないから無論返事ハしないでしょう。
 (長)「ナアに彼ハ当たり前の良民と違い、心に悪事が沢山あって警察を恐れるに決まっていますから、有体に返事をしなければ警察に訴えると脅します。脅しが聞かれなければ金をやって釣り込みます。」
と言いながら腰の上にある胴巻の金貨を探った。

 耕次郎はここに至って漸(ようや)くに長々の熱心なのに感じ、 「了(いけ)るか了(いけ)ないか遣っ付けて見るのが好い。」
 (長)「そうですとも」
と長々は身を引き締めて立ち上がると、鶴子は非常に心配そうに、
 「曲者の部屋へ入り込むのは危ないからお廃(よ)しなさいよ。その様な悪人ならピストル位ハ持って居るに決まっていますから何のような目に逢うかも知れません。」

 (長)「ナニ私が行けば大丈夫です。」
 耕次郎も立ち上がり、
 「ピストルを持っていても二人と一人だ。」
と言って共々に行こうとする。
 (鶴)「二人でも安心が出来ませんよ。」
と頻りに鶴子が気遣うのも無理はない。一人は未来の夫所(おっと)にして一人は現在の兄だから何れを傷つけるのも心配なのだ。」

 この様な時に、部屋の外の階段に当たる所で荒々しい足音が聞こえて来たので鶴子は直ちに聞き耳を立て、
 「オヤ誰だか五階へ上って行きますよ。」
 成るほど五階に上ぼる音である。殊に耕次郎が帰って来た時、次の部屋の入り口の戸を開けたままにして置いたので、その音は歴々(ありあり)と好く聞こえた。

 (長)一人ではない。二人か三人の足音だ。
 (耕)若しかしたら巡査がその曲者を逮捕しに来たのではないだろうか。
 (長)爾(そう)かも知れませんが併しお待ちなさいよ。彼奴(きゃつ)は『まあ坊』と一緒に踊りその後で私を殺そうとしたけれど、夫等(それら)は警察では知らない事だが、何の罪で逮捕に来たのだろう。

 (鶴)ここで推量するよりも巡査か巡査でないか外へ出て見るのが近道でしょう。
 長々は如何にもそうだと言いながら直ぐに戸の外に馳せ出ると、耕次郎も続いて出た。この時丁度五階から降りて来たのは彼の栗川巡査だったので長々ハ喜んで、

 「オオ栗川君、好い所で逢ったよ。少し話があるからこの家へ入りたまへ。」
(栗)イヤそれは了(い)けない。今日ハ公用を帯び罪人を逮捕に来て是から五階で逮捕するなっているから、僕ハ下へ行き曲者の逃げぬ様出口の番を言い付かり降りて行く所だから。
(長)「イヤそれは知って居るがたった二言三言話せば好い。先ア入りたまへ。」
 栗川は拒み兼ね、

 「五分間から上の手間は取れないので。」
と言いながら鶴子が居間の次の部屋に入ったがまだ気にかかるのか頻(しき)りに五階の方を見上げながら、
 「聞きたまえ。探偵が行って御用御用だと叫ぶけれど、曲者は何とも返事をしないから、それ探偵が頻りに戸の鈴を引き鳴らして居るのが聞こえるワ。」

 (長)成るほど引き切るかと思へるほど鳴らしているが。だが君が逮捕に来たのは鼻竹だろう。
 (栗)ナニ、僕が逮捕に来たのではない。僕ハ唯見張り番として連れられて来た丈だ。逮捕は外の者が引き受けているのだ。
 (長)でも逮捕されるのは鼻竹だろう。

 (栗)それも僕が引き受けた罪人でないから確かには知らないが、何でも村越お鞠を殺した事に関係のある曲者だ。ソレ君の師匠に寝台の片端を担がせて置いて旨く逃げ去った曲者があるだろう。アノ曲者サ。
 (長)「分かった分かった。あれが即ち鼻竹だ。僕は馬尾蔵の酒店へ夜の一時過ぎに鼻竹が息せき切って走って来、サモ喉の乾いた様に酒を飲んだと聞き、その上又師匠三峯老人から当夜の曲者ハ職人風で長い髭があったと聞き、てっきり彼奴(きゃつ)だろうと思ったけれど、外に少しの手掛かりもないから黙って居た。何しろそれは結構だが先ず彼が寝台の一方を担いだ男とすれば『まあ坊』が真の罪人と言うことも大抵分かって来るね。」
と言いつつ耕次郎に目配をした。

 (栗)「左様サ、彼を捕まえて調べれバ実は『』まあ坊』に頼まれたとか何とか言う様に白状をするかも知れない。白状すれバ『まあ坊』を逮捕するのサ」
と言ううちに五階の鈴が鳴り止んだ。
 「探偵は到底曲者が戸を開けないと見て、鍵鍛冶をを呼ぶこととしたに違いない。そうすれば今に降りて来るから僕は出口に居なければ叱られる。ドレ失敬」
と言い捨て栗川ハ忙しくここへ立ち出で階段を飛び下りた。後に長々ハ耕次郎とここへ出で来る鶴子とに打ち向かって、

 「何です。鼻竹がアノ事件の犯罪人とすれば老人の目を潰した貴夫人と言うのハ無論『まあ坊』だから其の上ハ唯『まあ坊』が即ち軽根松子夫人で夫人が茶谷の情夫だと云う事を突き止めれば何の様な結婚でも破れて仕舞う。」

 (鶴)「本当にそうですよ。でもアノ曲者が逃げずに捕まれバ好いのですが。」
と評議の未だ終わらないうち忽ち鶴子の居間の窓に尋常(ただ)ならぬ物音あり。窓のガラスも粉微塵に毀れたかと思はれるばかりだった。三人は走ってその部屋に入ってみると、これはどうしたことだろう。窓の外に差出ている長さ一間半(約2.7m)幅半間(約1m)ほどの短いベランダの盆栽など載せてあったその所に上から落ちて来た人がいた。

 この人は誰、そう是こそは鼻竹である。彼は到底逃げられない所と見、乗るか反るかの了見で自分の窓からここに飛び降り鶴子の部屋を通り抜けて逃げ去ろうとの考えで、大胆にも五階の上から狭いベランダを目掛けて飛んだものである。

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