巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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      (百二十四) 逃れる路は無い

 網守子は早や後悔した。伴を連れずに江南の画室に入り込んだのは、自分の過ちであった。とは言え、真逆(まさ)かに江南が、如何に詐欺漢にもせよ、戸に錠を卸して、この身を虜(とりこ)にする様な、乱暴な所業に及ぼうとは思わなかった。

 けれど江南としては、是が止むを得ない処分であるかも知れない。此のまま網守子を部屋の外に出しては、世間へ向かって、何の様な自分の秘密を、暴露するかも知れない。実に網守子は、江南に取って恐ろしい敵である。

 今までは其れほどと思わなかった。何が何でも、此の部屋を出ない中に、何とか処分して、自分の秘密が網守子の口から、洩れない様にしなければ成らない。

 網守子は、今更ら何としたら好いかを知らない。逃げようにも逃げられない。只江南を睨み詰めて、
 「貴方は此の様な悪人ですか。」
と叫んだ。江南は驚かない。

 「イヤ、網守子さん、もうお互いに口汚く罵(ののし)り合うことは止め、静かに善後策を相談しましょう。貴女も、もう何(ど)うせ名誉の汚れた身では有りませんか。
 「何で私の名誉が汚れました。」
と網守子は、殆ど飛び掛ろうとするほどの悔しさを現した。

 江「私の部屋へ入り、中から此の通り錠を卸した以上は、是だけで貴女の名誉は汚れたでは有りませんか。貴女が御自分の友人に対し、御自分が潔白だの、清浄だのと仰っても、誰が信じましょう。今まででさえも、既に貴女を蛭田江南と、一種の関係が有りはしないかと、疑って居る人が有るのですよ。

 唐崎夫人が貴女に祝辞を述べたなども其の為です。況(ま)して此の通り、此の部屋の中で私と差し向かいと為り、内から錠まで卸して、幾時間も密談して居て、誰が疑わずに居りましょう。其れも、今直ぐ戸を開いて出て行くなら兎も角も、此の戸は夜に入っても開きませんよ。」

 網守子は、
 「戸をお開き成さい。」
と繰り返す外は無い。
 江「幾ら仰っても無益です。此の家には、私の雇い人が居る許かりで、誰も貴女を助ける人は有りません。貴女が此の部屋の中で、泣こうが笑おうが、或いは何れほど高い声で叫けぼうが、何人にも聞こえません。
 もう全く私の手の中に帰した者と、お諦めなさい。ヨシや外から訪問客が戸を叩いた所で、私が断って帰します。」

 全く此の言葉の通りである。最早や何と思っても、全く江南の手の中に帰した者と、断念する外は無いらしい。
 江南は全く調子を変え、非常に優しい声で、
 「網守子さん、網守子さん、もう仲を直しましょう。仲を直して改めて夫婦の約束を仕ようでは有りませんか。」
と言い、両手を広げて、宛(あたか)も抱きすくめようとする様に、網守子の方に進み寄った。




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