巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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     (百三十九) 私の曽祖父

 江南は自分の運命に、何故こうまで、網守子が付き纏(まと)っているのだろうかと、殆ど恨めしい程に思った。自分の詩も(イヤ実は他人の詩)自分の画も(これも他人の)自分の小説も(同じく他人の)総て網守子の為に根こそぎ妨げられてしまった。今此の古江田利八の遺産の事にも、又網守子の名が出て来るとは、何と言う廻り合わせで有ろう。

 しかし谷川弁護士は、江南の心の底まで見て取ることは出来ない。江南の変わる顔色には頓着せず、
 「そうさ、寒村(さむら)嬢の先祖だよ。先祖の何某が、殆ど死骸同様に成って居る古江田利八を、海から救い上げて、介抱して到頭蘇生させた。所が利八の首に掛けていた鰐革の袋は、何時の間にか無くなった。

 難船の際に波に浚(さら)われたのか、或いは其の他の原因か、其れは分からない。何んにしても、印度から遥々と持って来た自分の財産が、其の鰐革の袋に入って居て、其の袋が紛失した者だから、利八は元の木阿弥と言う姿で、悄々(すごすご)其の島を立ち去った。」

 谷川は之まで云って、宛(あたか)も小説家が、一回の終わりに達して、以下次号と言う様に言葉を止め、時計の鎖りを弄(いじ)りながら、聴き手に何の様な感動を与えたかと、ジッと江南の様子を見た。多分時計の鎖は、此処へ鳴り物を入れると言う積りで有ろう。

 江南は気が急(せ)く様に、
 「其れから何うしました。」
 谷「何しろ鰐革の袋」が跡形も無く為った為め、再び奮闘を繰り返す外は無く、其れから此のロンドンへ来て、数年の後に株式仲買になり、又も多少の財産を作った。其れは第二回の財産で、其々子孫へ伝わった筈で有るが、一回の財産、即ち鰐革の袋は、全く消滅したと同様で、其の話さえも子孫に伝わって居ないのだ。子孫の中で比較的に物知(ものしり)であるべき君さえ、其の話を聞いて居無い所を見れば、先ず第一回の財産は、回復の道も無く紛失した者と言わなければ成らない。」

 江南は略(ほ)ぼ合点が行ったのか、又も熱心を加えて、
 「けれど貴方が、海の底から、何やら打ち揚げられた様に、仰ったでは有りませんか。」
 谷「先ア、早まり給うな。其れから、今より五年前に至り、網守子が寒村家を相続することに成り、自分の家の中を、悉(ことごと)く検(あらた)めて見ると、古い宝物箪笥の底から、一個(ひとつ)の鰐革の袋が現れた。」

 江「アア其の嚢(袋)が、私の曽祖父の第一回の財産です。」
 今まで古江田利八と云ったのを、今は私の曽祖父と言うのは、中々抜け目の無い言い方である。
 谷「そう君の様に、直ぐ結論へ飛んでは困るよ。網守子が其の嚢(袋)を開いて見ると、中に数個の紅宝石(ルビー)が有り、又、波に揉まれて字体も分からない、一枚の紙も有った。紙に記した名は、「古江田利○」とある許かりで、利八だか利何だか、それは分からない。」

 江「イイエ、分かって居ます。其れは利八に極(きま)まって居ます。」



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