simanomusume164
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百六十四) 事実百万長者
「何れほどです。何れほどです?」
と熱心に問う添子の様を見て、江南は反対にグッと落ち着いた。
「何れ程と問われて、直ぐ幾等幾等と明白に答えることの出来る財産は知れた者だよ。」
添「エ?」
江「譬(たと)えて言えばサ、和女(そなた)の持って来た金は四万円(現在の約4千万円)と、キッパリ額が決まって居て、其れから殖えも減りもしないだろう。私の得たのは其の様なけちなのじゃ無い。」
添「ですから如何ほどですと聞くのです。」
江「其れが一口には云え無いのさ。総て大きな財産と言う者は、爾(そ)う明白に積れる者で無い、考えても御覧よ。田地にしても家倉にしても、時と人とに依り、相場が変わると云う様な者だろう。公債証書だって爾(そ)うだ。額面と実価とは常に変動して居る。先ア、何れ程だろうと和女は想像する。」
此の様に、添子をジラせて唯仄めかせて居る間が、江南には非常に愉快である。此の後は知らず、今までに是程の愉快を彼は嘗めたことが無い。
添子は江南の顔に、何処やら真実らしい、熱心な、底嬉しさが潜んで居るのを見て、全く大いなる財産を得たに違いないと思い込んだ。
「では、田地や家倉や、公債證書などですか。」
江「イヤ、其れとも幾分か違う。けれど追々は同じ事だよ。田地にも家倉にも公債證書にも随意に変化することが出来るから。」
添子は次第に迫き込んで、
「はっきりで無くても大凡の高を聞かせて下さい。大凡何れほどです。」
江「驚いてはいけないよ。和女の持って来た金の約二十倍も有ろうか。」
添子は全く驚いて、
「エ、二十倍と云えば八十万円?(現在の約8億円)」
江「何の様に踏み倒しても十五倍よりは下らぬ。」
添「十五倍と云えば、四×五=二十 一×五が五、アノ七十万円?」
江「相場が好ければ、事に由ると三十倍にも成り相だ。」
添「三十倍と云えば百二十万円?」
江「先ずそうだ、大丈夫の所は価格八十万円だろうと思うが、値打ちの出た所で旨く売る積りだから、実際百万円には成ろう。斯(こ)う言って居る中にも、其の相場は段々に騰貴しつつあるから、私は今、一分間に何千円づつ儲けつつある様な者だ。」
添「其れは誰かの遺産ですか。アア分かった、其れが為に貴方は田舎へ旅したのですね。」
此の問は江南にとって愉快では無い。旅行と財産との間に何か因縁の有る様に疑われることは、江南の身に禁物である。譬(たと)い自分の妻からも、其の様に疑われ度く無いのである。
江南は少し慌てて、
「イヤ、違う。違う。旅行は全く別の用事だ。財産は旅行よりも前に転がり込んでいた。」
添「転がり込んで居た?其れでは矢張り遺産ですね。」
江「先ア、遺産にもせ何にせよ、事実私は百万長者に成ったのだ。」
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