巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume165

島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.6.14

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

      (百六十五) 運の神様
 
 「百万長者!百万長者!」
 此の一語ほど美しく響く言葉は、他に殆ど類(たぐい)
が無い。其れも他人の言葉に聞いては其れ程で無いけれど、自分が愈々百万長者と為った上で、此の言葉を口に唱えれば、天にも登るほどの嬉しさが、心に満ち、身に溢れ、八万四千の毛穴から、悉く吹いて出る様な心持ちがする。---だろうと思われる。

 唯此の言葉を唱え度いのみの為に、生涯を齷齪(あくせく)して居る人が、世の中にはどれほど有るか知れない。イヤ、実は総ての人が其れで有って、其れで無い人は奇人とか変人と云って笑われる程の次第では有る。勿論、事実を伴わずに、徒(いたずら)に口で「百万長者」と言う人は、幾らも有ろう。其れだから蛭田江南は、自分で其の様な口ばかりのと区別して、
 「事実百万長者だ」と、事実の一語を加えるのである。

 「事実百万長者」は世の中に爾(そ)う沢山は無い、無いは金、有るは借金と云われる通り、大抵の百万長者が事実では無く、名のみである。添子も我知らず其の尾に就いて、
 「事実百万長者ですか。」
 江「爾うよ、事実百万長者よ。」
 添「本当の百万長者」
 江「オオ、本当の百万長者!」
 添「全くの」
 江「全くの」

 夫唱えて妻和すと云うが、此の様な言葉を事実に夫が唱えて妻が和するのは、嬉しさの頂上ではないだろうか。江南も添子も嬉しさの外は何にも知らない。
 暫くして添子は、
 「私嬉しくて耐(たま)りませんワ。本当に金持ちに成りましたねえ。もう今までの様に、嘘で固める必要は無くなりましたのねえ。尤も私、幾等かは嘘が好きよ。交際社会は嘘の上に築かれて居るでは有りませんか。

 今或人を褒めるかと思えば、其の人が背後(うしろ)に向くのを待って、直ぐに悪口を言うでしょう。ねえ貴方、嫌な人にもお世辞を云ったり何かしてさ、是くらいの嘘は私好きと云っては何ですけれど、先ア好きですわ。幼い頃から稽古して居るのですもの。けれど、ねえ貴方、其れより以上のはーーーー、今迄の様に嘘ばかりで固めた嘘は、何だか背後から令状を以って巡査が来る様な気がしますもの。」

 江「何だって其の様な事を云う。もう何の様な正直な生活でも出来るのに。」
 添「本当ですわねえ。人の運と言う者は、何と言う不思議な者でしょう。何事も総て運の神様が、お膳立てをして下さるのでは無いでしょうか。私は幼い頃から馬車も有れば立派な馬も有りましたが、それも自分で作ったのでは無く、運の神様が与えて下さった。其れが父の破産で忽ち無くなったのも、運の神様、今度又百万長者に成ったのも、運の神様、ねえ、貴方、運の神様は取ったり、与えたりなさるのねえ。」



次(百六十六)へ

a:396 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花