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島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百六十六)永久の喜び
「運の神様は取ったり与えたり為さるのねえ。」
と添子が云うのは、実に其の通りである。取ったものを与えることも有れば、其の代わりに又、与えた者を取って了(しま)うことも有る。
添「ですが今度の此の百万円はーーーー、オオ事に由れば百二十万円にも成ると貴方は仰ったわねえ。此の百二十万円は、何うか運の神様が、再び取り返すなどと云う事を成さらぬ様に願い度いわねえ。」
是も全くそうである。取り返えされるなどと云うことが有っては大変だ。
江南は自分の身体を、大きく引き延ばし度い様な態度で、
「一旦手に入れた運を取り逃がすなどと云うのは、其れは取り逃がす当人が悪いのだ。安心おしよ、此の私に限って、一度び握った運を、取り逃がすと云う様な其の様な間抜けた事はしない。」
爾(そ)うであろう。自分へ手に入らぬ運までも手に入れて来る程の男だから、
「畢竟(ひっきょう)、運と云えば運の様な者の、取られるも与えられるも、一つは当人の日頃に在るのだ。」
日頃江南は、何の様に運の神から恵みを受ける様な働きをしたので有ろう。
「今の世は何事も手腕だから、手腕が有れば運が来る。又其の運を引き留めることも出来る。私はもう此の運を益々増加させて行くばかりだよ。」
添「オオ嬉しい。嬉しい。先ア百二十万円とは何れほどのお金でしょう。文字に書いてさえも。」
と言い掛けて、テーブルの一方に在る筆を取り、紙に百二十万の数字を記し、
「御覧なさい貴方、文字に書いてさえ、百二十万は一二の後へ零が五個附きますよ。今迄は爾(そ)うと思はなかったけれど、零の五個並んだのは随分美しいのねえ。美しいどころでは無い。本当に立派ですわ。一二零、零、零、零、零ですもの。」
と嬉しさに浮かされて、宛(まる)で児童(こども)の様なことを云って居る。
江南は少し自分が、多く言い過ぎたかと思い、
「百二十万円と云うのは、相場の騰貴した場合だよ。実際は其れほどにも行くまいがーーーー。」
添「アレ貴方や、私の零数を減らして下さるな。零を一個減らされては、桁違いに成りますよ。」
江「先ア、八十万円だと思えば間違いは無い。」
添「でも貴方は、事実百万長者だと仰ったのに。」
江「爾(そ)うさ、八十万円あれば事実百万円長者だ。百万円にも百二十萬圓にも成ろうけれど、低く見積もって置くが好い。孰(いず)れにしても、年に三四萬円の利子は、黙って居て得られるから。」
添「年に三、四萬円、月に三、四千円、其れだけ使っても、本は一文も減りませんのねえ。」
江「其の上に信用が加わるから、幾等でも融通も利く、事業を営むことも出来る。もう此の後は、何れほどの大財産に成るか限りが知れない。」
殆ど両人の喜びは尽きる時が無さ相に見えた。
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