simanomusume168
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
since 2016.6.17
下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください
(百六十八) 何故か添子の驚き
今迄は喜びに夢中であったが、一順喜びが骨身にまで浸み込んで了(しま)うと、謂(い)われ因縁を聞き度くなる者と見える。添子が、
「誰から何うして得た。」
と聞くのは自然の順序であるらしい。
是も江南は勿体を付けたい様な容態で、
「全体私の家筋は、活発に働き、大いなる財産を作る様な血筋だと見える。随分世間には、親から大なる財産を譲られ乍(なが)らも、其れを無くする様な人も有る。私の血統は其の様な活智(かつち)の無いのとは正反対だ。
たとえ無一物で世の中へ投げ出された所で、自分の勇気と自分の活動とを以って身代《財産》を作り出す。是が特徴であるらしい。」
果たして其れが特徴ならば、此の江南の様に、他人の働きを我物とする様な男が、何うして出来ただろうと怪しみ度くも成る。けれど江南に言わせると、其れさえも矢張り自分の働きかも知れない。他人の戸籍を切り取ることまで、自分がしたから矢張り自分の働きである。
添「では矢っ張り、先祖の遺産ですね。」
江「法律上で言う遺産と幾分の相違は有るけれど、遺産には違い無い。」
添「爾(そ)うすると矢張(やっぱ)此の蛭田家の誰かから。」
江「イヤ違う。違う。蛭田家の人では無い。蛭田家へ嫁入って来た私の祖母(おばあ)さんの父親なんだ。」
添「では貴方の母方の親類から」
江「爾(そ)うだ。爾うだ。母方の親族が稼ぎ溜めたのだ。」
添「良く世間で云うでは有りませんか。母方の血筋から転がり込む財産は、何うかすると争いに成るなどと。」
江南は最う微懼(びく)ともしない。
「此の身代《財産》に限って争う人は決して無い。」
彼は筆捨市まで行って、争う可(べ)き相手の戸籍を切り捨てて来たのだから、最早自分と争う者は、金輪際有り得ないと大安心をして居ると見える。
添「では貴方が一番血筋の近い後裔ですね。」
江「爾(そ)うだ。爾うだ。」
彼は又二つ返事の癖が出て来た。
「私が一番血筋の近い嫡流(ちゃくりゅう)なんだ。」
とは言い切ったけれど、自分で嫡流で無いことを知って居るだけ、何か気になる所でも有るのか、更に言葉を補って、
「此の財産が少し遺産とは訳が違うと言うのは其処の事だ。通例の遺産では無く、幾分か自由贈与と言う意味を帯びて居るから、法律上、私と争う口実は誰も持って居ないのさ。たとえ私よりズッと血筋の近い人が有るにした所で、私と争う理由が無いのだ。」
添「本当に有難い事ねえ。其の様な財産を残して、貴方を不意に百万長者にして呉れた其の方は、私にも恩人です。其の名前を聞かせて下さい。」
江「其れは古江田利八と言うのだ。」
添「エ、エ、古江田利八?本当に?古江田利八と言うのですか。」
何故だか、古江田利八と言う名に、添子の顔の色が変わった。
a:403 t:1 y:0