巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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   (百七十四) 運命です、運命です
 

 添「ゴム細工の贋(にせ)の紅宝石(ルビー)が、何の様に好く出来て居ましょう。私は或る所で初めて其の品を見た時に、全く本物に違い無いと思いました。若し此の様な、好く出来た贋の品を見なかったならば、私は、貴方の紅宝石を盗む様な、大胆な心は起こらない処(ところ)でした。

 貴方や、貴方や、何事も運命ですよ。運命が人の手を引き、様々の事を思い付かせ、様々の事をさせるのです。私が贋の紅宝石を初めて見たのは、余程以前の事で、未だ芝居道に居る時でした。ご存知の通り芝居道へは多く贋の品が入り込むのです。贋のダイヤモンドでも、贋の紅宝石でも、商人が初めて拵(こしら)えた時は、誰にも見せるも先に女優に見せます。

 多分芝居道と言う所が、贋物の最も多く用いられる所でしょう。私は網守子から紅宝石の話を聞いた時に、前に見た其の贋物の事を思い出しました。其れから愈々(いよいよ)銀行から網守子の紅宝石(ルビー)、イヤ貴方の紅宝石を引き出そうと思い付いた時、其の贋物師の所へ行き、更に見せて貰いましたが、全く磨き上げたのも、未だ少しも磨かないのも、又端の方を少し磨いて光らせたのも色々有り、何の様な品でも自由に得られることを見届けました。

 其れから其の贋物師に聞いて見ますと、重さまでも精密に合わせて有るので、手に取っても、眼で見ても、決して贋と分かる事ではない。磨きに掛けて摩擦しない以上は、商売人でも見破ることは出来ないと云いました。

 此の言葉を聞きさえしなければ、私は本当に実行する程の勇気は出なかっただろうと思われますが、此の様な受け合いの言葉を聞いた為め、ツイ大胆に成ったのです。其れから、銀行から本物の品を取り出した時、その数を算(かぞ)え、其の大きさを見定め、成るべく其れに似寄ったのを揃えました。

 其れですから、其の鰐革の嚢(ふくろ)を、たとえ網守子自身が今開けて見た所で、中の実物が違って居るとは気が付かないでしょう。贋物の価は可也に高かったのです。彼の鰐革の嚢一ぱいで三百圓ほど致しました。けれど私は幾年経っても、誰にも見破られる機会は無いと思いました。

 アノ谷川弁護士さえ気が附かずに、貴方へ示したと云うでは有りませんか。其れを今私は、私が自分の口から白状しなければならない様な事に成ったのも、是れは全く運命のすることですよ。何うぞ貴方、運の神には勝たれないものと断念(あきら)めて下さい。

 何事も皆、運命です。運命です。貴方も私も此の様な情け無い運命の下に生まれて居るのでしょう。」
 江南は今まで或いは怒り、或いは驚き、或いは呆れ、或いは恐れなどして聞いて居たが、ここまで聞いて、初めてすっかり理解することが出来た。たった今まで、百万長者と思ったのが、情けなや元の杢阿弥(もくあみ)であると分かった。


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