simanomusume199
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百九十九) 全く重大な疑い
路田梨英が警吏に捕らえられたことは、実に意外である。既に谷川弁護士は、電話を以て警察へ問い合わせた所、是から此の倫敦(ロンドン)に於いて、裁判所へ廻される筈であるとの事だけが分かった。
谷川は非常に重大な顔をして、
「地方の警吏に捕らえられれば、勿論其の地方へ送られる筈ですのに、其れが倫敦で裁判所へ廻されると云うのは、余ほど重い事柄です。」
竹「其れ以上は分かりませんか。」
谷「此れ以上は、中央の検事局へ問い合わさなければ、分かりません。」
と言って又電話を掛けた。けれど係官が不在であるとの事が分かった。
谷「明朝、私が直々に係官に逢い、篤(とく)と聞き糾(ただ)します。」
捨部竹里は仕方なく家に帰り、翌朝又も谷川の事務所を尋ねた。谷川の顔は昨日分かれた時よりも曇って居る。
竹「分かりましたか。」
谷「分かりましたが、全く重大です。」
竹「路田梨英に限って、罪を犯す筈は有りませんが、良くお聞かせ下さい。」
谷「中々込み入った事柄です。」
竹「何の様に」
谷「今から数週間以前に、ワルシー市と筆捨(ペンブローク)市との登記所に行き、登記原簿を切り取った者が有ります。其れが梨英だと言うのです。」
竹「何して」
谷「検事局へは、ワルシー市の方が、先に其の事を報告しました。其れは或る夕方、登記所の最も忙しい刻限に、原簿を借覧して出て行く男が、何だか贋髯(にせひげ)に顔を包んで居る様に見えた。
そうと気の付いた一人の書記が、直ちに其の原簿を検めた所が、鋭利なる刃物を以て、一枚だけ切り取って持ち去ったことが分かった。直ちに走り出て其の人の後を追ったけれど、何所へ立ち去ったか、もう姿が見えなかった。何しろ、大変な事件で有るから、直ちに検事局へ上申した。所が数日の後、其れと同じ事件が筆捨市の登記所でも起こった。」
竹「矢っぱり贋髯を付けた男がーーー。」
谷「いや、筆捨市の方は少し違う。是れは、同市の弁護士が、私の依頼に由り、路田梨英の戸籍を見る為に、原簿を借覧した、其の原簿の中の一枚、而も路田梨英の事を記した一枚が、矢張り鋭利な刃物で切り取られ、紛失して居る。
是も驚いて中央の検事局へ上申した。検事局では双方ともに無論同じ人の仕業と見て、双方の警察へ、「良く打ち合わせて調査せよ。」と命じた。所が調査の結果、筆捨市の方では、路田梨英へ疑いを掛けたのです。」
捨「梨英が其の様な事をする筈は有りません。」
谷「筈は無くても疑いを掛けて、彼の行方を尋ねた所、行方は分からないけれど、多少のの事情が分かったので、当人欠席の儘(まま)で予審を開き、彼を有罪と決定した。」
竹「ヤ、ヤ、路田は既に有罪のーーー。」
谷「そうです。有罪とと云う予審の決定を、欠席の儘で与えられて居るのです。」
竹「成るほど重大だ。」
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