simanomusume210
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
since 2016.7.29
下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください
(二百十) 驚いて且(か)つ呆れた
今まで添子は、網守子の言葉を全くの間違いと思ったけれど、今はそうとのみも思う事は出来ない。或いは夫江南の態度が偽りでは無かろうか。
何方かと言えば、網守子の言葉よりも、江南の態度の方が怪しいらしい。
直ぐに添子は江南に向かい、
「何で貴方は黙って居ますか。キッぱりそうで無いと言い切ってお遣り成さい。」
本当のところは、江南も網守子の言葉が一々事実に当たって居るのに驚き、心の底に早や幾分の恐れを起こし始めた。
此の様な場合には、成るたけ敵に多舌(しゃべ)らせて、敵が何れほど知っているかを見届ける方が好い。
けれど今は自分も何とか、言わなければ成らない。彼は妻へ七分、網守子へ三分と言う兼ね合いに振り向いて、
「イヤイヤ、お狂さんのお相手など真っ平だよ。」
益々皮肉な嘲(あざけ)り方である。網守子は、何で怒らずに居られよう。けれど添子の方は、江南の言葉の皮肉なだけ、其れだけ江南に弱味が有ると見て取った。
網守子は怒りながらも気丈である。言うべき事の筋道を失わない。
「貴方が戸籍の原簿を切り取るより幾日か前に、梨英が其の原簿を見たのです。其れで彼は自分が古江田利八の第二女梅子の孫で有ると知り、前から鰐革の嚢の事を、聞き知って居ました為、扨(さ)ては自分が受け取る人で有るのかと、谷川の許へ其の旨を申し出ました。」
江南は空嘯(そらうそぶ)く体を装いつつも、実は聞耳を立てて居る。添子の方は、扨(さ)ては紅宝石(ルビー)が偽物と分かる時が近づいたと、自分の尻へ火が附いた様な気もする。
網守子の言葉は益々甲走って続いた。
「其れが為に、梨英の方が却(かえ)って、戸籍を切り取ったと言う疑いを受けました。彼は自分の戸籍が、自分の権利の証拠ゆえ、切り取る筈は無いのですのに、其の証拠を、貴方に切り取られて了(しま)った為、言い開きの道が絶えたのです。」
江南は直ぐに付け入り、
「其れでは、梨英が切り取ったに、決まって居ますわ。彼は少しも古江田の血筋などは引いて居ないのに、只紅宝石が欲しい為に、先ず自分の戸籍を分からない様にして置いて、其の上で、利八の血筋だなどと言い出したのでしょう。彼の貧乏さを思えば、其の様な欲心も起こる筈です。」
けれど添子には合点が行かない。彼女は心配の余りに又江南に向かい、
「ですが貴方は全く第二女の孫で無いのですか。貴方の祖母竹子は古江田利八の第二女では無いのですか。」
江南は前には此の返事を避けたけれど、今度は平気で、
「私は正直に言うよ。私の祖母竹子は第二女で無く第三女だ。」
悟りの早い添子は、此の言葉で大方は合点が行き、今更の様に、江南の図太いのに驚いて、且(か)つ呆れた。
a:397 t:1 y:0