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島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(二百十一) 呆れる筈
添子は呆れるはずだ。今が今まで、江南を第二女の孫とのみ思って居た。第二女の孫で無ければ、私よりも江南の方が、あの紅宝石(ルビー)を盗みに取りに掛かって居た。爾(そ)うすれば、戸籍切り取りも働いたに違いない。
其れだのに、あの紅宝石が、既に私に盗まれたと知った時の、私に対しての彼の怒り方は、何うで有った、全く自分の権利ある物を盗まれた怒り方と、少しも変わらなかった。イヤそれよりも強かった。アア其れも其の筈である。折角戸籍切り取りの悪事まで働いたのに、其の目的が外れたから、倍も二倍も腹が立ったので有ろう。斯(こ)う合点が行くが否や、余りの事に添子は口を噤(つぐ)んで了(しま)った。
網守子の方は却って、江南が第三女の孫であるとの正直な白状に、聊(いささ)か詰問の鉾先を、折られた様に感じたけれど、少しも減(め)げずに、
「でも貴方は、最初谷川に対して、第二女の孫の様に、受け答えしたでは有りませんか。」
江南は真面目な顔で、
「其の時は、谷川が私を第二女の孫の様に言うから、私も爾(そ)うかと思い、其の通り答えましたけれど、何だかアヤフヤに思うので、家に帰って調べて見ると、直ぐに第三女の孫と分かりまして、正直に紅宝石(ルビー)を辞退したのです。何所に私の挙動に怪しい所が有りますか。」
却って逆捻子(さかねじ)の態度である。
沈黙の儘(まま)で添子は思った。ナニ家へ帰って直ぐに分かったのでは無い。其の間に旅行もした。旅行から帰って、百万長者に成ったのだと喜びもした。其れ是れと思い合わすと、益々江南の偽りの楽屋が見え透えて、不安の念が募るのみだ。
網守子は茲(ここ)で逆襲に挫けては成らないと思い、
「私は検事局へ行って貴方を訴えます。」
江南は嘲笑(あざわら)う余裕が無い。
「何と云って」
網「蛭田さん、貴方は贋髯(にせひげ)を付けて、ワルシー市の登記所へ入り込みました。然(そう)して立ち去る所を書記の一人が見て、贋髯と気が付いて、間も無く後を追っ掛けたけれど、もう姿が見えなかったと言うことです。幸いに貴女が筆捨市へ廻り、又も戸籍を切り取って帰る所を、梨英が汽車の中に居合わせて、貴方の贋髯の姿を写生しました。
蛭田さん、是を貴方は神の手引きだと思いませんか。今は其の写生が谷川の許に在りますから、私は検事に願い、其の書記を呼び寄せて、写生画を見て貰います。」
添子の方は聞く事毎に驚いた。流石の江南も顔色が変わった。
「其の様な事をすれば、貴女は誣告(ぶこく)の罪に落とされます。」
網「介意(かま)いません。此の上に更に、貴方がワルシー市迄の切符を買う所を、谷川が見ましたから、是も証言して貰います。」
実に網守子は梨英を救い度い一心の為とは云え、良く責めた。けれど果たして江南が、是で閉口するであろうか。
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