巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume214

島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.8.2

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

     (二百十四) 残らず那(あ)の通りだ

 茲(ここ)で聊(いささ)か説明して置くことがある。江南と添子との間は、実を云うと、先ごろ百万長者の夢が破れて以来不和である。世間体は今までの通り、夫婦の様に暮らして居るけれど、全く此の家を両人(ふたり)の家庭(ホーム)とは思わず、唯合名会社と言う様な有様で、両人共同の事務所の様に思って居る。

 両人は言葉を交えもするけれど、其れは必要な事務の上の打ち合わせのみで、通例夫婦の間に在る親しみの言葉や、自分自分の行いの説明などは、交換せられることが殆ど無い。其れが為に、添子はあの後、江南が紅宝石(ルビー)を辞退したことさえも知らなかった。

 尤も時々は、何故に早く引き取らないのだろうと、怪しみはしたけれど、あの後は自分の権力が落ちた為め、問いもせず、只江南から打ち明けられるのを待って居た。
 但し、雑誌発行の事務は、添子の手で滞り無く運ばれれ居た。

 前々よりは、画も詩も小説も変わり、総体がズッと通俗に成った為、古い読者の中には購読を断ったのも多いが、其の代わり新たなる読者が出来、中々に末の見込みが附いて来た。
 其れのみで無く、此の家を美術界の中心とする添子の目論見も追々に歩を進め、既に尋ね来る美術家も多く、又多少の顧客も出来、蛭田夫人の接客日と云えば、可成りの人達が集うのである。

 此の様な事で、美術品売り買いの公密銭(コミション)も有り、百万長者には成り損ねたけれど、追々は裕福な生活も出来る様に成るだらうと、添子も江南も思うて居る。此の様な際である。網守子が検事局へ訴へると云って立ち去ったのは。
 「夜逃げ、夜逃げ」
との江南の言葉を、添子は反響する様に、
 「エ、夜逃げ?夜逃げ?」

 江「何(どう)も仕方が無い。網守子が検事局に向かい、茲で云うた丈の事を云えば、検事は必ず第一に紅宝石(ルビー)を検める。紅宝石が贋物と分かる迄は、決して私に疑いは掛からないけれど、紅宝石が贋物と分かった日には、私の辞退したことが全く狂言と分かるから、如何とも仕方が無い。」

 添「でも夜逃げとは」
 江「爾(そ)うさ、私だけは夜逃げだ。和女(そなた)は和女 の勝手に何うでもするが好い。」
 添「其れは貴方、余りに酷(ひど)いでは有りませんか。」
 是が初めて、夫婦の間に在り相な恨みの言葉である。
 江「酷くても仕方がない。許はと云えば、和女が紅宝石を盗んだればこそ、この様な破目になった。」

 添「嘘を仰(おっしゃ)い、貴方が第三女の孫で有るのに、第二女の孫と偽り、紅宝石を騙(かた)り取る気に成ったから、此の様な場合に立ち至ったのです、貴方、貴方、網守子の云う多ことは本当でしょうか。」
 江「本当だ。残らずあの通りだよ。」
 


次(二百十五)へ

a:376 t:2 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花