simanomusume216
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
since 2016.8.4
下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください
(二百十六) 私も盗坊(どろぼう)だよ
添子「貴方、貴方、貴方が私を盗坊だと仰っても、私も盗坊だと思いますから、無益な争いをするよりも、共々に知恵を合わせて、此の場合を切り抜ける工夫でも考える方がーーー。」
江「もう其の様な道は無い。」
添「でもお考え成さい。明朝は網守子が貴方を訴えるに決まって居ますよ。」
江「其れだから夜逃げよ。旅費を寄越せ、旅費を。」
添子は落ち着いて居る。
「今夜逃げたとて、明日の晩は捕まります。船に乗る所で捕まららなければ、必ず船着き場でーーー貴方の様な名高い人は、逃げ果たせることが容易で無い。」
江「ナニ、姿を変えるよ。」
添「又例の贋髯(にせひげ)ですか。」
江南は悔しそうに拳を握った。
添「イイエ、愈々逃げなければ成らないならば、私も一緒に逃げます。もう貴方も私もお互いに愛想が尽き、共々に居ることは厭で有っても、二人の運命が此の様に搦(から)まって居る上は、致し方が有りません。互いに賎(いや)しみ合いながらも、生涯の相棒だと、諦め合おうでは有りませんか。」
江南は否とも言わない。無言で聞いて居る。
「其れで何とかして、一時でも網守子の訴へ出ることを、引き留めましょう。
江「爾(そ)うさ。何(どう)か思い止まらせ度いと思い、色々に威嚇(おど)かしたけれど、其の功が無かった。」
添「何としても、引き留めなければ成りません。引き留めて幾日でも猶予が出来れば、私も其の中に色々と用意をして、売れる品物は売り払い、取れる金は取り、成るたけは沢山の金を作って、徐々(ゆるゆる)と外国へ落ち延びます。」
江南は前から、添子の知恵には一目置いて居るので、
「其の様な事が出来るだろうか。網守子が検事局へ行くのを妨げる様に。」
添「其処が相談ですよ。若し旨く行って、幾日でも猶予が出来れば、其の間に、茲(ここ)に預かって居る絵画や美術品を、売り飛ばします。盗坊(どろぼう)で無い貴方は、其の様な不正な金は、お厭でしょうけれど、私は盗坊ですから、人の品と自分の品との見境いは有りません。斯(こ)う成れば、もう誰の品でも金に替えます。」
江「イヤ私も盗坊だよ。賛成だ。賛成だ。シタが何として網守子を引き留める。」
添「何としてでもーーー爾(そう)です。何とか嘘を作って、私が泣き附きます。此方(こちら)が強く出れば、何処までも強い女ですけれど、此方が弱く出れば、直ぐに涙脆(もろ)く同情する女ですから。」
江「頼む。頼む。」
添「ですが貴方は、両市で切り取った其の紙を何しました。焼き捨てましたか。」
江「イヤ、今でも其のまま保存してある。」
添「其れなら猶更(なおさら)旨(うま)く行きますよ。」
a:432 t:1 y:0