simanomusume219
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(二百十九) 二枚の原紙です
添子は茲(ここ)に至り、宛(あたか)も泣き伏す様に網守子の膝に両手を置き、
「貴女は邪険です。邪険です。何でも彼でも、私の良人(おっと)を罪に落とさなければ成らないとは、余り私を窘(いじ)め過ぎるでは有りませんか。」
いかにも怨めし相に聞こえた。
網「何も貴女を窘(いじ)めるのでは有りません。悪事をした江南が罪を受けるか、何も知らない梨英が罪を受けるか、此の二つに一つです。」
添「イイエ、梨英さんも江南も、二人とも助かる工夫が有るのです。其れなのに貴女は、二人とも助かってはいけない。江南の方が罰せられなければ成らないと仰るのでしょう。」
網「何うして二人とも助かりますか。」
此の問いを得て、添子は、聊(いささ)か希望の光を認めることが出来た様に、首を挙げた。其れでも未だ網守子の顔を見ない。
「嬢様、嬢様、二人とも助かるならば、貴女は二人とも助けると仰(おっしゃ)りますか。」
網「未だそうは言いませんが、何して二人とも助かります。」
添「実は江南が、路田梨英を犯人で無いと証明する、立派な証拠の品を持って居るのです。其の品を其の筋へ示せば、梨英は放免せられるに決まって居ます。」
網「其の様な証拠の品が有れば、何故に江南は、先刻あの様に剛情を張りましたか。彼は梨英が原簿を切り取ったに違い無いと言い、梨英は貧乏だから、欲心を起こしたのだとまで、言い切ったでは有りませんか。」
添「ですから私がお詫びをするのです。彼が貴女へ様々の悪口を言った事は、幾重にも私がお詫びします。何うか貴女は、彼の無礼を許し、路田さえ助かれば、江南の罪は問わないと言うお心に成って下さい。路田梨英が助かっても、其れだけでは腹が癒(い)えないから、まだ其の上江南を罪に落とすと、斯(こ)う言う様な御決心では、江南もハイと尋常に、貴女のお言葉に服することが出来ないでは有りませんか。
何も彼も御存知の貴女に向かい、隠し立てしても無益ですから、私は正直に申しますが、江南には種々様々の悪事が有ります。けれど貴女が、其れを無言でさえ居て下されば、江南は其の御恩に対し、其の証拠品を自分から検事の前へなり、何所へなり持ち出して、屹(きっ)と路田さんを助けると申します。」
網守子は漸く添子の意味が分かり掛けて来た。
「ですが、証拠の品と言うのは、何の様な品ですか。」
添「ワルシー市と筆捨市とで切り取った二枚の原紙です。」
網「エ、エ、其の原紙を今でも江南が持って居ますか。」
添「ハイ、嬢様、私が江南に代わって白状します。彼は全く切り取りました、爾(そう)して其の原紙を、今でも其のまま保存して居るのです。」
網守子は、早や梨英が助かったと言う様に、心の底から嬉しさを催し始めた。
注
- 邪険・・・人の心を思いやらず、手荒に扱う様子。
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