simanomusume220
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(二百二十) 恐ろしい言分
江南の白状しない事柄を、妻添子が白状した。網守子は是で梨英の助かる道が開けた様に思い、嬉しさを隠すことが出来ない。
「其の原紙を私に下さい。下さい。」
添子はここぞと思う様に、初めて網守子の顔を十分に見上げて、
「此の原紙には路田梨英が梅子の孫であることも、梅子が古江田利八のの第二女であることも、明らかに記してありますから、検事が之を見れば、扨(さ)ては梨英が切り取ったのでは無いと合点し、直ぐに梨英を放免します。」
網「爾(そ)うです。爾うです。」
添子「此の原紙を登記所へ送れば、原簿の切り口とピッタリ合いますから、直ぐに本物と分かります。」
網「そうでしょうとも。」
添「此の原紙が出ない以上は、登記所の損害が消えないので、梨英は益々厳しく尋問されます。」
実に添子は雄弁である。
網「ですから其の原紙を下されば、私は貴女に謝します。」
添「此の原紙が無ければ、疑いが附き纏(まと)います。彼は貴女の所天(おっと)に成ったとしても、人に後ろ指を指されます。」
網守子は情け無い様に思った。
添子は又一層図に乗って、
「此の原紙を貴女へ売りましょう。」
網「ハイ買いましょう。幾等ででも」
添「イイエ、代価は金では有りません。貴女の口留めです。」
網「口留とは?」
添「貴女は私達夫婦の悪事を、悉(ことごと)く御存知です。何うか今限り、誰に向かっても、口外しない様にして下さい。貴女が堅く其れを約束して下さるならばーー。」
網「私は必要も無く人の悪口は言いません。約束しますとも。」
「本当ですか嬢様」
と念を推した。
網「本当です。」
添「私には、まだ貴女の知らない悪事が有ります。」
網「そうかも知れません。貴女の身に何れほどの悪事があっても、私は驚きませんよ。」
添「若しも其の悪事が、貴女に分かる時が有っても、貴女は決して私を責めて下さるなよ。」
網守子は、真逆(まさか)に此の言葉が、彼の紅宝石(ルビー)に関係が有ろうとは思う事が出来ない。又思う筈も無い。けれど添子は、遠からず紅宝石盗み取りの罪が、露見する様に感じ、其れをまでここで塞(ふさ)いで置く積りである。
網「貴女を責めても仕方が有りません。」
添「決して貴女の口から、私の悪事が露見しない様にして下さいよ。」
網「私は是れ限り、貴女の事を、何にも云いませんから、私の口から露見する筈は有りません。」
とは言い切った者の、余り添子の念押し方が諄(くど)いので、聊(いささ)か怪しくも思い、
「ですが貴女は、若し私が、口留の約束は否だと云えば、何うしますか。」
添「今夜の中に、今言う原紙を持った儘(まま)で、夫婦逃亡しますから、梨英の身の疑いは、生涯晴れない事に成るのです。」
実に恐ろしい言い分である。
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