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島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(二十三) 侶伴婦人(初鳥添子)
取り次ぎの声に続き、当人網守子が、侶伴(りょはん)《付添い》の婦人及び当家の主人寒村男爵と共に入って来た。藤子も母御も、網守子の顔に、姿に、身の行(こな)しに、将(は)た又衣服の好みに、少しも非難する所を見出す事が出来なかった。
全く五年の月日は、島の娘を、都の美人に仕立て上げた。
五年前に、網守子の理想画を作った路田梨英に見せたなら、自分の理想よりも優ったのに、驚きはしないだろうか。特に衣服の好みに至っては、梨英が、「美しい着物を美しく着なければいけない。」と云った其の言葉を守り、特別に稽古し注意したのであろうか。
華美ならずして品位が有り、首に廻らせる古王妃の金環に準じ、薄色の絹に古代レースの、匹(たぐ)い稀(まれ)なるのを配(あし)らうなど、自ずから旧家の由緒が見えて、俄(にわか)成金の令嬢には、真似も出来難い奥ゆかしい調和を示して居る。
もし強いて非難を求れば、侶伴《付添い》婦人が若過ぎる一事である。是は谷川弁護士が、友人から推薦せられて雇い入れたと云う事で、地味な第二期の喪服を着けて居る所を見れば、夫を失ってから、まだ多くの年月を経ない、未亡人とは知られるけれど、年が二十五六歳にしか見えない。而も中々美人である。
藤子は網守子と一通りの挨拶が済んだ後、侶伴婦人を見て、
「オヤ貴女はーーー若しや添子さんではーーーー。」
添「オオ貴女は藤子さん、学校でお分かれして、もう七年に成りますねえ。私し今は初鳥夫人と申しますが、昨年夫に死なれまして。」
と言って、妙に悲しそうな様を示した。
成るほど、七年前に藤子の同級生であった。けれど藤子は其の後、此の女が、田舎廻りの女優と成ったとの噂を、聞いたことも有る。其の辺から考えて、清い令嬢の侶伴《付添い》には、不適当であると思った。
間も無く晩餐となった。客は唯三人で、全く内輪同志であるだけに、充分談話も交換せられ、藤子と網守子とは、遠縁ながら従妹でも有り、少しの間に、非常に打ち解けた仲とはなった。
けれど晩餐後には、素人音楽会が開かれる予定で、多くの紳士貴婦人が、集い来る事と為って居る。
晩餐の終る頃には、早や続々と入り来る客がある。主人男爵は、網守子に向かい、
「今度は様々の客が参ります。その中でも、貴女へ、大なる天才の人を紹介しましょう。」
天才と聞いて網守子は梨英の事を思い出した。
「何の様な天才ですか。」
男爵「何事にも通じて居ますが、特に絵画に於いて、当時第一の売り出しです。」
網守子の顔は少し赤くなった。
男爵は気も付かずに語り続け、
「其の人の書いた浪の絵を見ると、全く海の際に居る様な心持がするのです。」
網守子は、胸が躍って、其の名を問返すことが出来なかった。
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