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島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(四) 海賊の子孫
「旦那方は全く命拾いを成さったねえ。」
とは此の夜、食後に宿屋の主人が両青年に対しての言葉で有った。
梨「イヤ、我々も初めは其れ程とは思わなかったが、四辺(あたり)は次第に暗くなる。向こうの方からは電(いなづま)の様に浪の声が聞こえて来る。急に恐ろしく為った。」
竹「幸い背後の方に帆船が見えたから、助けて呉れと叫んだが、後で聞けば、其の舟は、吾々を助ける為に漕ぎ出したと云うので、益々驚いたよ。」
宿「寒村(サムソン)島は、ねえ旦那、人の住む五ケ島の中、一番沖へ出て居ますので、若し網守子が見付けなかったら、誰も知らぬ所でした。ホンに良い人に見付かった。網守子は十五歳だけれど暇さえ有れば舟を漕ぎ、群島の間を遊び回って居ますから、海の地理を、自分の座敷ほどに良く知っていますよ。其れに「子供」は二人と居ない確かな水夫です。明日は必ず礼に行ってお出で成さい。」
梨「吾々も勿論其の積りだが、全体寒村(さむら)家は何をして居る。」
村「今は寂(さび)れて、四季色々な花を作り、都へ切り花を送ります。」
竹「では吾々が都の料理屋などで、食卓の上に見る花の中には、何(どう)かすると、網守子の摘んだのが有る訳だな。」
宿「爾(そう)です。料理屋や貴族の家などを目当てですから。」
梨「あの島に古蹟でも有るかネ。」
宿「古蹟は五ケ島の何処にでも有りますが、あの島には昔の龍寧州(リオネズ)の王様家の墓と云うのが沢山有ります。其れに彼(あ)の家自身が一個の古跡ですよ。海賊の親分ですから。」
海賊の親分と聞いて両人は一様に耳を欹(そばだ)てた。
竹「海賊の親分?」
宿「ナニ、昔の事ですよ。此の群島に住む者は大抵海賊で、私の先祖なども矢張り其れです。中にも寒村家の人は、代々勇気が有った為、親分に立てられました。」
梨「イヤ、是は面白い、網守子が海賊の子孫か。」
宿「海賊が止んで百五十年此の方は、此の島が密輸入の本場で、随分悪どい儲けが有りました。其れも政府の取り締まりで、出来ぬ事と為り、島は段々寂(さび)れて、住民も大抵は他国へ移住しましたが、それでも私の子供の頃までは、此の近海に難破船が多くて、海の底から拾い上げる宝が、総て当人の物と為り、各国の金貨などが、島の村の家にも在ったものです。其れが今は島に灯台が出来たり、航海術が進んだり、イヤハヤ段々難破船が無くなって、住民等は見る影もなく零落(おちぶ)れました。」
何にしても都とは全く違った天地であるかの様に、見聞く事柄が、悉(ことごと)く古くて而も新しい故、翌日は両人とも、感謝と好奇心とに駆られ、午後に及んで寒村島に漕ぎ付けた。但し此の時は、漕ぎ自慢の路田梨英(みちだりえい)も、船頭を雇うことに同意した。
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