simanomusume6
島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
since 2016.1.7
下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください
(六) 掘り出した珍品
二人は上陸して、頓(やが)て網守子にも「子供」こと本名波太郎にも、昨夜救われた礼を述べたが、波太郎は不愛想に、
「爾(そ)うか。」
とのみ答えて立ち去った。
網守子は之に引き替え、両人(ふたり)を自分の兄弟でも有る様に、非常に打ち解けて持做(もてな)した。全く是が心の自然であろう。生まれて以来、友達と云う者が無く、四人合わせて三百歳と云う、老人のみの中に一人置かれた小娘で、最早十五にも成ったので、人懐かしさに我慢が出来ない筈である。
竹「嬢さん、此の島に昔の龍寧州(リオネス)の国王の墓が有る相ですが。」
網「私を嬢さんと云わずに網守子さんとお云いよ。私も貴方等を竹里(ちくり)さん、梨英(りえい)さんと云うからさ。」
初めて逢った人同志が、苗字を略して名前をのみで呼び替(かわ)すことは、殆ど作法に無いことで、若しも都の娘が此の様なことを云えば、二人は眉を顰(ひそ)めたであらうが、自然の儘(まま)である此の娘の真情には、打ち解けない訳には行かない。
「網守子(あもりこ)さん」
と竹里が云うと、先刻来無言同様な梨英も気軽く、
「網守子さん」
と呼んだ。
王家の古墳は山の半腹に十数個ある。墓とは云っても大きく土を盛上げただけで、殆ど天然に出来た山の瘤(こぶ)かと思われる。其の中の一個は数年前に其の筋の人が発掘し、貴重な幾種の古物を得、今でも倫敦(ロンドン)の博物館に陳列してある。此の墓だけが外科手術を経た瘤の様に、土も良く片付かずにある。
三人はここに行き、竹里が色々網守子から説明を聞いて居る間に、梨英は独り杖を以て頻りに土を掘っていたが、暫くすると、非常な珍品を掘り出し、網守子さん、博物館の役人が大変な目こぼしをしましたよ。」
と言って立ち上がった。
二人が何事かと左右から覗き込むと、梨英は手巾(ハンケチ)で其の品の泥を拭い、網守子に渡した。
網守子「美しいですねえ。」
竹里は驚いて、
「ヤ、是は古代の貴人が用いた首輪だ。黄金だぜ。」
実に黄金の首輪である。
博物館にも同じ種類の物が幾個かある。
中ほどは太く、其の細い両端が鍵に曲がり、首の背後で掛け合わす様に成って居る。
此の様な貴重品が残って居たのも不思議であるが、偶然に梨英が堀当てたのも不思議である。
網守子「是れは貴方が拾ったから貴方の物よ。」
竹里「私有地から出た品は地主の物。即ちここは寒村家の私有地だから網守子の物ーーー、是が我が国の習慣(ならわし)です。」
網守子「でも此の土地では、海から揚がった物でも何でも、拾い主の物と定めてあるわ。」
梨「爾(そう)ですか。若し私の物なら、更(あらた)めて貴方に上げます。」
網守子は、
「有難う」
と言って直ぐに自分の首へ嵌(は)めた。
竹里「梨英君、何に就けても僕より幸運児だよ。」
と云って笑ったが、全く自分の方が土を掘ったら好かったのにと思った。
a:586 t:2 y:0