巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume62

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.3.3

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

      (六十二) 詩と人とは違います

 三万五千円(現在の約三千六百万円)とは、驚くべき大金である。今の網守子の身には、用意出来ない事は無いにしても、オイソレと返事は出来無い。
 詩集の詩の美しさを思えば、貸しても遣り度い。けれど其の人を思うと気が進まない。詩は如何にも天才の詩と思われる。けれど人を見ると、何うも天才の人とは思われない。是が網守子の直感である。正直な女の直感には、何うかすると千里眼の様な力が有る。

 其れに網守子は先夜から、梨英と江南とを思い比べない訳には行かない。梨英を気の毒に思うに連れ、何だか江南に反感が起こって来る。梨英の裂き捨てた銀行小切手に、江南の名の在ったことを思うと、梨英と江南との間に、全く異なった運命が流れて居はしないかとも疑われる。

 網守子が容易に返事をしないのを見て、添子は江南の指図の通りに第二の矢を放った。
 「其れに江南の発行している雑誌は、ここで資本を出せば、二割も三割も利益を配当する様に成るのです。」
 網守子はまだ返事が無い。
 添子「事に由ると四割も五割も、大層な利益では有りませんか。」

 網守子は終に答えた。
 「私の一存でお返事するなら、私はお断り致します。」
 添「あれ先ア、貴女は大変な好機会を取逃がしますよ。名誉と利益との。」
 網「イイエ、私は蛭田江南の様に、立派に成功している人を助けるより、世間には、未だ成功しない天才が有るだろうと思います。その様な人を補助する方が、---。」

 添「成功して居ない人を補助するのは、お金を溝(どぶ)の中へ捨てる様な者ですよ。そう仰らずにーーーー。」
 網「では私、相談する人が有りますから、其の人の意見を聞いた上で、お返事しましょう。」
 相談する人とは、勿論谷川弁護士であると添子は思った。彼(あ)の様な人に相談せられては大変である。

 「イエイエ是は秘密のお話しですから、誰にも相談して下さっては困ります。」
 網「では私の一存でお断りします。」
 添子は恨めしそうに、
 「貴女はあれほど江南の詩を愛読成さったのに。」
 網「詩と人とは違います。」

 此の夜添子は江南へ秘密の通信を送った。其の文句は、
 「到頭失敗しましたよ。私は必死に勉めましたけれど、最初から駄目だろうと思いました。是は貴方が悪いのです。私は少しも嫉妬の心などは無く、貴方へ出来るだけの機会を与えましたけれど、貴方が少しも彼女の心を引くことが出来なかったのですもの。私は詩は何うでも、其の人を愛しますのに、彼女は詩を愛して人を愛しません。彼女と私は是ほど気質が違っています。」



次(六十三)へ

a:511 t:1 y:0
 

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花