巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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      (六十五) 突然に転業

 弁護士の書生が、突然に転業して名画工に成り出るとは、世に例の有ることか無い事か、網守子は知ら無いけれど、是も不思議の一つである。
 藤「私の父は江南の父と懇意であったそうですが、其の為江南は、子供の頃から此の家へ良く来ました。弁護士に成っても、少しも手柄は現わしませんでしたが、或時、私の父の許に来て、私は芸術が好きで、法律の事を好みませんから、是から画家になる積りですと話しました。

 父が驚いて、君は画の稽古をしたかと云うと、世間へ秘密で随分稽古したと言い、学校で成績の挙がらなかったのは、実は好きな道に努力を奪われ為だと答えました。其れから一月か二月の後に、処女作を見せるからと言い、懇意な人だけを自分の画室へ招いて、見せたのが此の絵です、其の時に集まったのは、十五人か二十人で有りましたけれど、孰(いず)れも一目見ただけで、絵画の大天才が現れたと云いました。」

 網守子は返事もせず聞き入っている。
 藤「彼の絵は、いままでの誰の画風にも似ていませんので、全く彼の独創だと言われます。尤も天才と言われる人は、皆幾分か独創の所が有りましょう。或る人は彼の絵を、ターナーに私淑して居ると言い、彼をターナー以後の第一人者だなどと賞賛します。それに不思議なのは、彼は幼い頃から余り旅行をしません。自分では想像で書くのだなどと言いますけれど、多分彼は一寸見た景色が、深く目の底へ入って抜け無いので、ツイ数日の旅行にも、他の画工の数か月の旅行ほど、多くのインスピレーションを得て帰ると見えます。」

 ここまで説明して、初めて気が付いた様に、
 「網守子、御覧なさい、絵の中に居る少女が、何だか貴女に似て居るでは有りませんか。彼の絵には、雑誌に出す略画の外は、大抵此の少女が居るのですよ。人が誰をモデルにしたのかと怪しみますけれど、彼は唯、「乙姫」だと答えるのみです。それで此の少女を、「江南の乙姫」と世間では言うのです。私は貴女の子供の時の姿が、多分此の「乙姫」に似て居ただろうと思います。」

 全く其の通りである。此の乙姫は確かに網守子の十五歳の時の姿である。藤子は更に江南が此の後、雑誌を発行、突然として詩人となり、小説家と為った事なども語り、
 「全く天才の奇行でしょう。彼の真似は天才の外、誰にも出来ません。」
と言ったが、網守子が何と無く考えに沈むのを見て、

 「貴女は気分でも悪いのですか。」
 網「ハイ何だか急に気持ちが悪くなったので、是でお暇(いとま)に致しますが、今度江南に逢ったら、私は佶(きっぱ)りと断りますから。」
と言って去った。


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