巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume7

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.1.8

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

      (七) 待遇(もてな)し振り

 金の首輪を掘り出したからと言って、梨英は敢えて自分を幸運とは思わ無いけれど、先刻の霊感に打たれて以来、なんだか此の島と自分の間に一種の運命が繋(つな)がって居る様に感じ、悠(ゆっ)くり此の島を研究したい様に思った。
 竹里の方は、一時の興を催すのみで、少しも心に深い感じを留めなかった。

 竹「網守子さん、貴女は昔、此の首輪に身を飾った龍寧州(リオネス)の王妃の後裔でしょう。少なくとも今の此の島の女君です。全く良く似合います。」
 竹里の云う事は、何時も網守子には少し難し過ぎる。けれども不快に感ずる訳では無い。それは実際、網守子の姿の何処かに、只の島の娘とは思われ無い様な所が有って、金の首輪が妙に良く調和した。

 是から二人は、網守子の家に導かれた。家は大昔の貴族でも建てたのか古くて広い。先ず庭の方から廻ると、開いた大きな窓の中に、安楽椅子に寄り、彼の老夫人は居眠って居る。傍には昔の糸引き車も置いてある。竹里は却(かえ)って興を殺(そ)がれる様に感じ、知らぬ顔で行き過ぎたが、梨英は暫らく見惚れて、少し経ってから、恭(うやうや)しく黙礼した。

 客室とは云え、幾年来客を迎えた事は無さ相に見える部屋で、飲み物と菓子とを出された。是は総て手製であると網守子が説明した。手製と聞いて竹里は食う気も飲む気も起こら無い。
 「網守子さん、此の家は何も彼も若い貴女と全くの反対ですねえ。」
と云う所へ、遅れて来た梨英は、喉が乾いたと云う様に、飲み物を一口に呑み乾し、菓子をも三つ、四つ喫(た)べ終わって、初めて口を開き、

 「次の室(ま)に居られるのは、貴女の祖母(おばあ)さんですか。」
 網「本当は私の祖母さんのその祖母さんです。けれど只祖母さんと呼んで居ますわ。」
 梨英「では大層なお年でしょうね。」
 網守子は笑って、
 「私が十五、祖母さんは九十五」
 竹「6倍と三分の一」

 梨英「貴女と祖母さんとの間の方は。」
 網守子は悲しげな様子も無く、
 「皆死に絶えましたの。祖母さんは先祖が海賊をした祟(たた)りで、此の家は不幸が続くと言います。」

 話が面白く無い枝道に流れ込んだと竹里は思った。
 梨「祖母さんのお話しは面白いでしょうね。」
 網「もう耄(ぼ)けて了(しま)って、何にも取り留めた話はしません。でも今夜一緒に聞きましょうよ。」
 竹里は倦(う)んざりして、
 「吾々は日の暮れ無いうちに帰ります。」

 網守子は呆れた様に、
 「オヤ、そんなに早く?」
 問うのも無理は無い。偶(たま)に此の家へ本土から来る客は、皆遠い親類で、幾週も幾月も泊まって行く。更に梨英に向かい、
 「貴方も?」
と問うた。

 梨英は竹里が様々目配せするにも拘(かか)わらず、
 「老夫人のお許しが有れば私は泊めて頂きましょう。」
 竹里は卓子(テーブル)の下で梨英の足を厭と云うほど踏んだ。



次(八)へ

a:623 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花