simanomusume93
島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(九十三) 親切な手紙
蛭田江南は此の夜、更に家に帰って、柳本小笛に宛てた手紙を書いた。中々忙しい事である。
貴女は甚(ひど)い、当然私の承諾を経(へ)るべき事を、経ずに為された。けれど恨みに報いるに、恩を以てするのが私の気質です。私は貴方から損害を受けたお礼に、貴女を詩の道の天才として、美しい言葉で世間へ紹介して上げました。次号の「新芸術」を御覧成されば分かります。
紹介文の中に貴女へ、蛭田江南の弟子と言う名誉を与えて置きました。此の名義は誰にも与えない積りで有りましたけれど、今までの関係を思えば、止むを得ません。願わくは自今、蛭田江南の弟子と言う名を辱めない様に、益々傑作をお出し成さい。
此の後は貴女の詩稿、他の書肆(しょし)は、雑誌社でも必ず買い入れて呉れましょう。それは全く私が、紹介した力で有ります。貴女は此の後、益々蛭田江南の弟子と言う名が、如何に貴重であるかを感じなさるでしょう。
阿一君の戯曲の成功も私は祝します。けれど昨夜の成功は単に座敷芸としての成功です。勿論私も座敷芸としてならば、かなり成功するだろうと、最初から思って居ました。其れだから大金を出して買い入れることを辞さないと申し上げました。
けれど阿一君のお尋ねは、座敷芸としてでは無く、舞台芸としてで有りますので、舞台芸として成らば、猶(ま)だ色々と私の知恵や経験を、貸て上げたい所があると申しました。全く私は正直に申しました。昨夜、私の紹介に由り、出席した多くの貴紳は皆、私の言葉添いに由り、阿一君に同情しました。
其の上に捨部竹里君の如き、勢力ある人も好意を表せられましたので、是が為に彼の戯曲は、追って舞台へも現れる道が開けようと存じます。
更に此の後も、彼の戯曲を初め、其の他の事に就き、ご遠慮なく私へ御相談下さい。又寒村網守嬢が貴方方兄妹へ、同情を寄せられることは、私にとって、此の上も無く有難く感じますから、何うか貴女からも嬢に対し私の感謝をお伝え下さい。
猶ほ貴女の作品に対する新芸術社の報酬は、従来よりもズーット其の額を増します。総て貴女の地位の進むに連れ、益々報酬を増しますから、精々御勉強を願います。
よくも其の様に嘘ばかり書き立てた者である。
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