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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第二十五

 読者よ。妾(わらわ)は深谷賢之助の妻お華と名乗り、華藻の本名を隠したままで、夫殺しの罪に服そうと決めていたのに、判事の鋭眼に見破られ、今はその事さえ叶わなくなった。判事からパリの警視庁に問い合わせ、妾の身の上を探ろうと言う。妾の本性は今将に露見しようとしている。一旦パリに問い合わせれば、妾が古池華藻であること、恐ろしい訳があって家から忍び出たたことは数日のうちに露見するだろう。

 妾がは何(どう)してこの様な辱めに逢うのだろうか。夫殺しの罪を着てそのまま死のうと決心したのも、我が本名を現さないためと思えばこそだったのに、我が身の恥をおめおめと待っていられない。既に死のうと決心した身が、裁判を受けて死ぬのも、裁判を受けずに死ぬのも事柄に代わりは無い。パリから返事が来ないうちに潔く自害しよう。刃物は無いが衣を裂き、縄として喉を絞めれば死なれない事はない。

 牢屋の中なので見ている人は居ないからこの様な事には具合がよい。妾は直ぐに用意をして罪深いこの世を去ろう。
 読者よ。妾はこの様に決心したが、今日がこの世の別れと思えば悲しい事ばかり心に浮かび、未練が残って死ぬこともできない。数々の秘密を心に蓄え、人知れず死んだとて我が罪が消えるだろうか。受けるべき罪を受けずにこの世を去るのは、世の裁判を逃げるに等しく、罪に罪を重ねる道理。

 懺悔には滅びない罪は無い聞いているので、妾の罪の次第を一通り書き残そう。死んだ後に牢番の手に渡れば、牢番から世に伝わり、古池華藻は世の人の思うほどその罪は深くは無く、秘密に秘密が重なったために、二重三重まで人殺しの疑いを受け、それを言い開く方法が無くて、我が名を厭(いと)い、恥を厭い、ついにサレスの牢の中に吾と我が命を絶つまでに至った次第が人に知られる時もあるだろう。

 その時、一人でも妾の心を不憫と思う人が居れば、妾の願いはそれで足りる。生きてこの世に疑われるより、死んで哀れみを受ける方が好いと、これから妾は牢番を呼び、筆墨を請い受けて、汚れ果てた白木のテーブルに打ち向かい、、昼間の十一時過ぎからして夜の十時まで認(したた)めたのは第一回から第二十四回に至る、これこの長物語である。

 読者よ。この物語は妾の書置きである。妾は隠しもせず飾りもせずこれだけのことを書き終わったので、これから妾は衣を裂き、世に無い人の数に入ろう。読者にして以上の物語を読んだら妾の身がどれ程罪深いかを測ることができるだろう。妾は村上を殺しはしない。洲崎嬢を殺しはしない。古山を殺しはしない。警察で確かな証拠を得たと聞いたが、その証拠は何なのか、それさえも知らないで、今死ぬのは残り惜しい気がするが、未練に心を鈍らせて、この上の恥を晒すべき時ではない。

 妾は未練を捨てて、名残を絶ち、今宵のうちにこの世を去ろう。
 読者よ、もし警察の手に有りという妾の罪の証拠品を聞き知る事があれば、この書置きと比べてみよ。証拠が本当のものか、今死んだ古池華藻の書置きが真実なのか、必ず悟るところがあるだろう。

 警察の証拠を真実と思えば妾の事を忘れたまえ。この書置きを真実の事と思えば、妾の身を哀れみたまえ。嘘も信も唯読む人の判断に任せるばかり。妾は今心に迫り、涙に書く字さえ見分ける事が難しくなって来た。
 アア読者よ。妾は書きながらも迷いの脳髄に再び熱病が入り来たったのを感じる。妾は又も神経熱病に侵されて、死ぬ事も出来ず、生きもせず、重ねて夢中の身になろうとしている。

 夢中ながらも気に掛かるのは唯村上達雄のことである。妾は彼を殺そうとする気も無いのに、彼は妾の手に掛かって死んだ。妾は彼を救いもせず、妾は彼の葬式を営みもせず、妾は彼の冥福を祈りもせず、彼の死骸は古池の底から上げられ、今は何処に横たわっているのだろうか。

 妾の父、もしや妾に代わって葬式を営んだろうか。それとも警察の手を以って犬猫のように埋葬したのだろうか。それを思うと死ぬ身の妨げになる。こう言ううちにも彼の姿は妾の目にちらついた。アレー、アレー、窓の外から村上が妾を覗く姿が見える。神よ、妾の罪を許したまえ。

 妾はこれから村上に追いつこう。あの世に行って村上に妾の罪を詫びよう。神よ、妾の罪を許されるなら、暗い地獄の底ででも妾と村上を逢わせたまえ。村上に妾の罪を許させたまえ。妾は祈りながらに死のう。祈りながらこの書置きを終わろう。神よ、妾の祈りを嘉(よみ)《好しとする》したまえや。妾は神の側に行き愛深く村上に仕えよう。村上と共に恵み深い神に仕えよう。神よ、妾の祈りを嘉(おさ)め給え。読者よ、おさらばです。妾の罪を許したまえ。

 涙香曰く、以上一回より二十五回まで華藻嬢の書置きである。この書置きを認(したた)め終わって嬢は自殺する事が出来るだろうか。警察の手にある証拠とは何の品だろう。この終局は果たして如何になるべきだろう。嬢の書置きはここに尽きたが、古池事件は尽きては居ない。次回からなお、「妾(わらは)の罪」という題のままでこの事件を書き続けよう。

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