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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2013.1.21

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第四十一

 読者よ、妾(わらわ)は家を出てから一日として泣かなかった日は無かったが、声に出して泣き叫んだのは今が実に初めてである。痩せ衰えた父の顔を見れば見るほど我が不孝が恐ろしくなり、お父さん、もう恐れ入りました。今までの不孝は勘弁してください。父は震える声を噛み〆て、
 「自分でも不孝と気が付いたか。良く私の顔を見なさい。お前が出てからは毎日泣いてばかりいるので痩せたまぶたが腫れているわ。」
 (妾)「イエ、もうなんとも申し訳ありません。どうにかしてこの疑いを言い開き。元の通りの自由の身になり、御安心をさせますから、どうぞ今まで通り、娘だと・・・」

 これまで言って後は言葉が喉を出ない。父は何故か、急に少し怒りを帯び、
 「何と言う、この疑いを言い開く・・・」
 (妾)ハイ、身に覚えのない罪は何処までも言い開きます。
 (父)ナニ、父に未だその様な事を言うのか。判事は騙されてもこの父は騙(だま)されないぞ。
 この言葉に妾は納得が行かず、
 「エ、お父さん、貴方は何を仰います。私がどうして貴方を騙しましょう。」
 (父)エエ、強情者め。覚えが無いと言うのか。騙すと言うものだ。なぜ実はこれこれで人殺しの罪を犯したと打ち明けて言ってしまわないのだ。

 アア、父は飽くまでも妾に罪があると思っているのか。妾は余の事に涙も乾き、
 「エ、お父さん、貴方までも真実私を罪人とお思いなさるのですか。」
 (父)私に向かって思うかとは空々しい。
 (妾)それはあんまりお情け無いと言うものです。
 (父)小さい時から嘘とてはついたことがない子ではあったが、少しの間に根性まで腐ってしまい、父までも欺くと言う気になって、コレ、好く聞け、貴族の家に生まれたからは、場合によっては人を殺さなければならない事も有る。古池家の先祖には女で人を殺した方は珍しく無い。人を殺すのはそれ程の罪ではないが、嘘をつくのは罪が重いぞ。貴族の娘がすることではないぞ。

 (妾)何で私が嘘などを言いましょう。覚えが無いから覚えが無いと言うのです。私が人殺しの罪を犯すとお思いなさるのですか。虫一つ踏まないために、道を避けて通るようにしていたことは貴方が良くご存知では有りませんか。その華藻にどうして恐ろしい人殺しが出来ましょう。
 (父)アア困った者だ、古池侯爵の一人娘がこうまで嘘を言う上手になっては。俺までも誠(まこと)と思いたくなってなって来るワイ。
 (妾)誠(まこと)と思いたくなって来ると言っても、真実の誠(まこと)ですもの、これから上の誠は言い様がありません。

 老いの一徹、中々承知する色も無い。
 「年取った親の心の弱いのに付け込んでまだ何処までも騙して通る積りで居るのか。コレ、私はナ、一昨日、お前がサレスから捕らわれて帰ったと聞いて、気になってならないから無理に判事に面会を求め、篤と様子を聞いたところ、お前が未だ白状しないと言うので、白状させるために、病を押してここまでこうして会いに来たのだ。犯した罪は仕方が無い。有体(ありてい)に白状すれば流石侯爵の娘だと世の人も可愛そうに思ってくれる。それを何処までも強情を張り、証拠も構わず知らぬ知らぬと言い張っては、嘘を言う罪で、人にまで憎(にく)がられる。その嘘が通って自由の身になったとて、父は感心だとは褒めてはやらない。真実に後悔したなら心が咎めて白状せずには居られないものだ。まだ白状しないと言うのは真実後悔していない証拠、この後もまだ罪を犯す心があるからだ。」

 (妾)でもこの上に白状のしようがありません。何と仰っても身に覚えがないのですから。
 (父)「嘘を言うな、その様にうまく言い紛らわしても、証拠のボタンに勝つことは出来ない。あのボタンはな、今迄聞いて知っても居ようが、お前の母と私と夫婦約束が出来た時、先祖から伝わる武器の徽章に象(かたど)って、それに古池のFの字を付けたのだ。母と私で一組づつ分けたのだから、他に類が有るはずがない。私はお前の枕元に掛けてある着物の袖にボタンが無くなっているのを見た時に、変なことだと怪しんで、もしや私のボタンも紛失しては居ないかと早速物箱を明けて見ればこの方のF字のボタンは二つそっくり揃っている。

 紛失したのはどうしてもお前のボタンだ。その後、洲崎嬢の死骸の手にそのボタンがあって見れば、お前の他に罪人は居ない。それでもまだ私は我が娘が可愛さに無理な事を考えて、水の中で死んだ者が、月日が経つまでボタンを握っている筈は無く、死ぬまでに水の中でもがくうちに握っていたものも放してしまう。これは必ず死骸を引き上げようとする間に、何か訳があって人足が握らせたものだろうとこう言い張ってみたけれど、、流石に判事だ。承知せず、ナニ、洲崎嬢はまだ水に落ちないうち、岸がけで頭を打ち死んでしまって、その後で水に届いたのだから、水の中でもがきはしない。

 落ちる時に握ったものは体の腐るまでも握っていると言って、死骸の頭にある傷までも示された。成るほどその傷で水に届かない前に死んでしまったと言われては一言も無い。それでもまだ両方のボタンが無いのは不思議だからそのことを言った所、、判事もしばらく考えたが、たとえ両方が無いからと言って洲崎嬢を突き落とした証拠は消えないと、もっともな判事の返事だが、それが何かの言い草にはなるだろうとその後、毎日のように代言を呼び相談していたが、昨日又判事に聞くと、片っ方は村上を突き落として取られたとやら。これでもう望みは絶たれた。その上に又旅先で大事な古山まで焼き殺したと言う。調べるだけお前の罪は益々重くなってくるワ。」

 長々と言い来るうち父の調子が次第に弱くなり、初めは立腹に我慢がならず妾を叱るようであったが、終わりは得も言えず悲しみを帯び、ほとんど妾に願うように、コレ、華藻、この通りの次第だからどうかもう白状してくれ。殺したに違いないと判事の前で言ってくれ。これまで強情を張り通し今更白状もしにくいだろうが、この父を助けると思って、この上の心配をかけてくれるな。代言人の鑑定では今のうちに白状すれば愈々公判に回されても、陪審員はじめ一同が憐れみの心を起こすから、大いに懺悔がしやすいと言う。

 それに神経熱病のあげくであるので、心が乱れていたと言えば随分無罪にもなると言う。それを強情を張り通して世間に憎まれる様になってはとても弁護が届かないと言う事だ。今でも早や世間の人がそろそろお前の強情に驚いて、かれこれ言っている様子だ。更に強情を張ると言うとこの父は死んでしまう。コレ、華藻、タッた一人の父だ。助けてくれ。助けると思って白状してくれ。白状すれば元の娘だ。父はお前の罪を忘れてしまう。コレ、頼む。拝むから白状してくれ。」

 アア、読者よ、ここにいたって妾は何と返事をすべきだろう。しばらくの間は唯黙然として首を垂れていたが、ついに思い切って、
 「ハイ、白状致します。実は私が殺しました。」
 アア、アア。

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