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warawa59

妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第五十九

 

 

 (村)「私が訪ねて参りますと四階の窓から顔を出している女が居ります。その女が兼ねて見覚えのあるお房です。私の顔を見て直ぐに窓の内に隠れましたから、私は益々怪しく思い、何かその心の内に恐れを抱く事が無ければ逃げ隠れする筈は無いと直ぐにその家に入って聞きますと、お房は名前まで替え、自らお常と名乗っていましたけれど、既にその居室が分かっていますので、私は直ぐに四階に上がって行き、入り口の戸を開けて見ますとお房は非常に迷惑そうに、

 「貴方は何の用事があって」
と聞きましたが、私はこれから被告が罪無くして裁判に附されたことを説き、もしこの事件について何か知っているならば、それだけの事をその筋に言い立てて裁判を明るくしなければならないだろうと諭しました。初めは唯知らない、知らないと申しましたが、心配になって説きたてる私の真心に敵する事が出来ず終には今迄逃げ隠れていたことをしみじみ後悔する様子が見え、実はこれこれだと事の本末を詳しく白状して、私を突き落としたのも被告ではなく、洲崎嬢を殺したのも被告ではなく、実の罪人は外にあることを残らず言い立て、更にこの上の罪滅ぼしに、自ら裁判所に名乗って出ると言いました。

 私もそれが好いうだろうと直ぐに裁判所の門前まで連れて来て、一緒に傍聴席に入ろうと致しますと、お房が言うには、一緒に入っては真実後悔したようには見えず、貴方の知恵を借りて来たように思われるから、どうぞ一人で入らせて下さい、その代わり訴えが済めば直ぐに家に帰ってその次第を知らせるから家で待っていて下さいとこう言いますから、私は直ぐにお房の宿へ帰り、その左右を待っていましたところ、やがて泣きながら帰って来て、全く狼藉者と見なされて法廷の外に追い出されたと言う事です。

 たとえ追い出されたにしろ既にそれだけの事実さえ分かれば裁判所で採用しないはずは無いから私が行って詳しい事を言い立て、裁判所の方から改めて証人としてそなたを呼び出すようにしてやるとこう約束をして参りましたが、裁判所には故えなく入り込むことは出来ませず、依って被告を調べた予審判事と聞く礼野氏まで訴えて出ました。
 これだけの次第ですからこの上はお房を呼び出して詳しくお調べ願います。真の罪人が誰であるということもこのボタンが如何して被告の物でないかということも悉くお房が知っています。」

と落ちも無く述べ終わると、判事も不審の首を垂れるのみ。いずれがいずれ実に判断に苦しむことばかり。この時弁護人は立ち上がり、
 「これほど確かな証人が現れた上は、猶予することは出来ません。既にこの法廷は午前十時より凡そ八時間ほど続きましたから、直ちにそのお房を証人として呼び出しを願います。」

 判事は検察官に向かって意見を問うと、検察官は、
 「唯今の証人の申し立てには随分不思議なところも有りますが、何しろこの事件に関して容易ならない新証拠でありますから、もとよりお房の呼び出しには異存もありません。なお一応証人お房の言い立てた次第を陳述させるところでですが、時間も追々迫りますので、直ぐにお房を呼び出すことと致しましょう。」
と述べた。

 これで村上を一先ず退廷させ、直ちにお房の宿に呼び出しを発したところ、お房もこうなるだろうと思って待っていたと見え、三十分も立たないうちにお房は入って来た。その姿はかって妾(わらわ)が使っていた時のままで、その衣装は先程法廷から引き出された時と同じものだった。判事は先ずその身分、姓名を問い、式の如く誓いも立てさせた上、
 「その方は先刻この法廷に於いて裁判長に呼びかけた女であるか。」

 (房)ハイ、嬢様が無実の罪に落とされるのを見て、それを救って上げようと思いまして、知っているだけことを言い立てようと思いまして。」
 (判)知っているだけとはどの様な事を知っている。
 (房)嬢様に罪の無い事を残らず知っています。今迄もそれを心に隠しては気に掛かってなりませんから、自首して出たいとは思いましても、何処に出れば好いのか分かりませんでしたので、一日一日と過ごしますうちに、村上さんがお出でになりまして。

 (判)イヤその様な事は後で、此方から問うので、先ずその知っているだけのことを前後しないように申し立てなさい。
 (房)私は実に済まない事を致しました。未だ嬢様に雇われていますうちに
 (判)嬢様とは被告古池華藻のことか。
 (房)ハイ、華藻嬢様に雇われていますうち、村上さんに送る手紙の使いを言い付かりまして、それを持って村上さんの所へ行く道で若旦那に捕まりました。

 (判)若旦那とは誰だ。
 (房)古山男爵です。
 (判)行く道とは何処の事だ。
 (房)古池家の裏門を出た所です。その所で男爵に捕まりまして、男爵の仰(おっしゃ)るには、
 「その手紙は不義の用事だからそれを届けることは出来ない。届ければ直ぐに暇を出す。尋常に渡せ。」
と言って放しません。

 私はたとえ不義の手紙でも私は唯送り届けるだけの用事を言い付かっているから届けさえすれば勤めが済む。もし途中で人に渡したと知られては、直ぐに嬢様からお暇が出されると申しましたところ、
 「ナニ、その様な事は無い。嬢が暇を出すと言っても俺が出させないから。」
と言って脅すやら賺(すか)すやら、中々聞かぬ気のかたですから、とうとう手紙をお取り上げになりました。

 直ぐに私はそのことを嬢様に言おうと思ったのですが、それを言っても矢張り追い出すとの仰せですから仕方なく知らない顔で居ましたところ、嬢様がそのことをお悟りになったと見え、八月二日にお暇が出ました。」
と言って一息ついた。

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