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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012.12.17

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第六回

 村上が妾(わらわ)の傍に来ずに洲崎嬢と踊ったことは実に理解が出来ないことだった。妾が昼の間に送った手紙に、
 「御身がもし嬢と踊ったなら心が変わったものと見なします。」
と確かに記して置いたので村上がどうして妾の心を知らないことがあるだろうか。知りながらまだ嬢と踊ったのはその心が既に変わったために違いない。妾に飽きて嬢に思いを寄せ、これ見よがしに嬢と踊ったものなのか。

 妾は厚く村上を信じ、何事があってもその心を変わらせはしないと思っているのに、彼が妾の傍に来ないのは何よりの証拠である。妾のことは思い切ったのに違いない。ことに彼(か)の手紙を見れば妾が嬢と張り合となり、意地を争って居る事も分かるはずだ。それなのになお嬢と手を取って妾の目の前で踊るとは、アア、余りの事に妾は夢では無いかと疑ったが、どう見ても夢ではない。

 読者よ、唯妾の心を察せよ。妾は再び部屋を出て飛んで行って嬢と村上とをつかみ殺そうかとまで思ったが、イヤイヤ、妾と村上とは秘密の恋仲である。今事を荒立てては例え村上の心が変わらなくても父に知られて村上は出入り差し止めとなるだろう。妾は座敷牢にも入れられてしまうだろう。その上で洲崎嬢がもしその出入り止めを、これ幸いとばかりに村上と婚礼でもする事があったら、妾は恥の上に恥を塗ることになる。

 悔しくても今宵一夜は虫を殺し、明日の晩にも村上に会い、なおその心を聞き定めよう。その上で愈々心変わりと分かったら、アア、分かったならどうしよう。妾は考えさえ纏(まと)まらなかったが、再び飛び出す気力は抜け、尻からどうとソファーに身を投げて、妬ましさ悔しさに我が頭の髪を掻きむしるばかり。上下の歯をカツカツと噛み鳴らすだけ。

 読者よ、妾はこのままで明け方の四時ころまで泣き明かしたが、確かに四時の鐘をを聞いたがその後を知らない。泣き疲れて眠ったものと見える。何時間眠ったのか神経がくたびれて泣く力さえ無くなった後の眠りなので、きっと永く眠った事だろう。夢も見ず襲われもせず、死人のような眠りだった。

 初めて目が覚めた時は何者か知らないが年の頃四十ばかり、非常に真面目な紳士が妾の許(もと)に居た。妾は怪しんで、
 「オヤ」
と言いながら首を上げようとするが重くて少しも上がらない。横合いから父の声で、
 「嬢や、気分は如何だ。」
と問う。

 さては妾は何時の間にか病気の床に臥(ふ)せったと見える。枕元の一紳士はきっと医者に違いない。
 「オヤ、お父さん、私は何時病気に成りました。」
 (父)一昨日の晩からして
 アア、妾は一日一夜、人事不正で寝通したものか。
 (父)如何してだか分からないが昨日の朝十時までも起きて来ないから私がここに来て見たら、頭の毛まで振り乱して正体も無く寝ていたが、余り顔色が変だから医者を呼んで見てもらうと、低い熱病だと言う事で、、、気分はどうだ。

 (妾)何だかホンワカしたようで・・・村・・・上・・・はどうしました。
 (父)アア村上は一昨日の晩、夜更けまで踊ったせいででもあるか風邪を引いたということで。
 アア、妾(わらは)の一念が通じて彼までも風邪を引いたか。
 (父)今朝洲崎嬢が村上を見舞いに行って未だ帰らない。
 (妾)エ、、、
と驚く色をようやく押し隠したが、医者時は早くも妾(わらは)の胸の騒ぎを見て取ったが、
 「嬢様未だお話などはいけません。」
と制した。

 読者よ、妾が病気、村上も病気、洲崎嬢一人元気でしかも村上を見舞いに行ったとは・・・、妾が為には運の尽きである。もしやもし、村上の病気とは嬢と言い合わせた事ではないのか。嬢と自由に会い見るためではないのか。たとえ村上がこの様な偽りを作るとは思われないが悲しい事には妾は寝床の身である。

 起きて行って実否を聞きただす事さえ出来ない。今日も寝床、明日も寝床、この様にして妾は寝床の中に一週間の余りを費やし、ようやく医者の許しを得て全く起き離れたのは彼(か)の悔しい夜会の夜より既に十二日目であった。その間腰元は傍に居たが新参の事なので心を慰める頼りにはならず、洲崎嬢はなお逗留しているとのことだが妾には顔を見せない。

 妾も又嬢の事を問いもせず、唯朝晩に入ってくる慈悲深い父と親切な医者のほかにかの古山男爵があるのみ。男爵は朝な夕なに入って来て親切な言葉を吐くが親切の中に妾を狙う野心があることがその素振りに見えるので妾は何時も早く去れと言わんばかりにあしらっていた。

 読者よ我が古池家の財産は男の血筋にのみ伝わる掟で妾は由緒正しい総領だが女である為財産を継ぐことが叶わない。父がもし死ねば古山が相続人である。それゆえに父は如何しても妾(わらは)と古山を夫婦にしようとし、古山に後を取らせて妾を他へ縁付かせるのに忍びないと言って何度も妾にその旨を諭すばかりか、古山自身も又妾を妻にしようとのみ努めているが、何ゆえにか妾は幼い時から古山を好まい。

 古山は一廉の美男で世間の女には多く慕っている者が多いと聞くが、妾とは生まれない先からの敵同士に違いない。特に妾は村上と秘密の約束を結んでからは益々古山を嫌う念が募っている。それに引き替え古山は又益々妾を目指しているようだ。妾と古山の間は終にはどの様に収まるべきか。

 妾は村上を引き付けようとする心が強いのと同じく又古山を跳ね除けようとの心も強い。この心は波風無しには収まらない。それはさて置き、妾が床上げした翌日の朝であるが、古山は非常に真面目な顔付きで妾の所に来た。妾が顔をしかめるのに頓着せず静かに先ず腰を下ろし、

 「嬢よ、今まで私が吾女(そなた)に一方ならず親切にすることは知っているだろうね。」
 妾はこれだけ聞いて早やその心を悟り、
 「ハイ、知っては居ますが、こちらから願った親切ではありませんから。それほど有り難いとは思いません。この後はもうご親切は御免蒙りたいものです。」

 この冷たい言葉には如何ほどの熱心も縮み上がると思いの外、古山はなお落ち着いて、
 「サア、こうまで親切にするからには何か目的がある言う事は吾女(そなた)にも分かるだろう。」
 (妾)ハイ、その目的が恐ろしいから以後の親切はお断り申しますのです。
 (古)イヤ、断るの、断らないのと言って、自分にも理解が出来ないほど親切を尽くしたいから仕方がない。是と言うのも吾女(そなた)を愛するからの事、愛情ばかりは自分にも意見が出来ない。吾女(そなた)は私を愛する事は出来ないか。我慢して私に愛されてくれてはどうだ。」

 妾は火(かっ)と怒り、
 「私はその様なことは知りません。男を愛するの、男に愛せられるのともう私の前で二度と再びその様なこと仰ってくださるな。」
 古山はこの言葉に一通りの手段ではいけないと思ったのか、剣幕を代えてつと立ち上がり、毒々しい笑みを目尻(まなじり)に浮かべて、

 「イヤ、男を愛し、男に愛せられるのを満更知らない風でもない。この様な証拠があるから。」
とその衣嚢(かくし)《ポケット》から紙切れを取り出して妾の目の前に指し付けた。何かと見れば、アア、如何しよう。妾から村上に送った手紙である。洲崎嬢と争って認(したた)めたあの手紙であった。妾(わらは)は身動きさえ出来なかった。・・・・・・。

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