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白髪鬼
マリー・コレリ 著 黒岩涙香 翻案 トシ 口語訳
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白髪鬼
(二十五)
めがねをはずしたむき出しの私の目は、むしろ私の信用を増しても害するものではない。泥棒の目ではなくて貴族の目である。気味悪げではなく、愛らしく、悪人には見えなくて、善人に見える。
だからこそ、ビスカルダイと言うあの男も、警察署長も一目で私の目の晴れやかさに驚いた様子だった。ビスカルダイは一言も言葉に出せず、呆気にとられた様子で、署長の顔を眺めるばかりだった。署長はせき込んで、
「ビスカルダイ、どうだ、この方の顔に見覚えはあるか。」
「ありません、ありません、カルメロネリの仲間に、このような目を持った者は一人もおりません。」私がぐっと安心するのと同じように、署長はぐっと力を落とし、決まり悪げに首を垂れた。私はこれを慰めるように
「いやなに、貴方は職業柄で私を調べたのですから、私は貴方を少しも非難しません。かえって、貴方が職務に熱心なのに感心します。特に私の目が泥棒と違って居るとはこの上もない私の満足で、つまりあなた方からこの男は決して海賊の仲間ではないと言う保証を付けて貰った様なものですから、この後再び怪しまれる心配が無くなったのです。」
署長は私の一言一言に頭をたれ、額に冷や汗流すかと思われるほどだったが、しばらくして又、思い返したように、こわごわ私の方を見上げて、「はい、本当に貴方の身に保証を付けます。この上、もし、貴方の髪の毛をあらためさせてくだされば、」と言う。ああ、彼、十分の疑いが九分まで解けたが、まだ一分、私の白髪に疑いを残し、もしかしたら、かつらではないかと疑っているものと見える。私はほとんどおかしさに耐えられなくなり、
「あはははは、それこそお安いご用です。」と笑いながら答えると、署長は汗を拭きながら、
「いや、これも決してお疑いするものではありません。ただいま目を拝見したところでは、まだ白髪になるような年頃とも、思われませんのに、黒い毛が一本もありませんから、ただ念のためにこうお願いするだけです。」と言い訳を行った。
「さ、十分に念を入れてご覧なさい。」と言い私は自分の頭をランプに近づけ、両手で髪の毛をかき乱して見せると、署長はあちらこちらを掻き分けて見て、疑いが晴れるのに従って言葉にも困っていたが、「なるほど、これは美しい髪の毛です。」そばに立っているビスカルダイは調べるだけ無駄だと思うのか、「いや、署長、かつらと本当の毛は一目見て分かります。この方の毛は、決してかつらでもなく、染めたものでもありません。根から白く生え出ております。」私も口を添え、
「いや、署長、どこでも良いから5,6本引き抜いてご覧なさい。」
署長は先ほどから引き抜いて見たいと思っていたらしく、「それでは、余りに失礼ですが」と言いながらも、その手をさしのべ、 「本当に抜いてもかまいませんか」
「はい、貴方が職務に熱心な事に免じて、この白髪を幾筋か差し上げましょう。」
署長は私の頭のてっぺんで最も長いものを選び、一度に2,3本ずつ3度抜き、抜くたびにその毛をすぐ自分の手の甲に留まらせた。勿論、抜きたての生き毛なのでその根はあたかものりが付いているように、そのところにこびり付いたので、署長は初めて心底から疑いが解けたかのように、
「いや、ここまでお疑い申して本当に申し訳ありませんでした。それにしても貴方の白髪は本当に不思議です。どうしてこう早くから」
「いや、長くインドにいて、熱帯の天日にさらしたらこのようになりました。」
「なるほど、そうででもなければ、このようなことは無いでしょう。私は今までかつらだと思っていました。」と言いながら手の甲の毛をむしり取り、指にまいてテーブルの下に捨て、「その代わり今後貴方の身を疑う者があろうとも、私が保証します。パレルモ警察署長に聞けとこうお答えなさればよろしい。」
私は軽く受け
「いや、なに、これから故郷に帰るのですから、再び疑われるような場面は無いでしょう。故郷には今もまだ笹田折葉の名前を覚えている者がおり、私を迎えてくれる者も居ますから」署長はますます面目なげに、疑った過ちを謝罪し、この後、当地に用があったら何なりと言い付けてくださいなどと何度も何度も繰り返した。
これで、私の身はまずまず青天白日となったので、私はこれから一時間ほど署長を引き止め、上等なたばこや古酒などをご馳走しながら、カルメロネリの事を聞くと、カルメロネリは遠からず死刑に処せられること、又その手下の主な者はほとんど逮捕されているが、残りの者は諸国に散乱したので、二度とこの国に帰ってくることは無いだろうと言った。
そうすると、墓倉の財宝はますます私のものだ。天、私の不幸を哀れみ、一切の邪魔者を払いのけ、あれこれ心配することなく一心に復讐を行わせようとしているようだ。この翌日、いよいよこの宿を引き払い復讐の地、ナポリに向け船に乗った。
海上に何の異常もなく翌々日の朝7時頃に故郷に着いた。これは私がこの地を去ってからおよそ百日後で、1884年11月の末だった。私がこの地に帰ることは新聞紙の報じたところなので、主なホテルは宣伝のパンフレットのような招待状を私に送ってきていた。私はその中で最も高級なホテルを選んで、すぐに投宿し、金を湯水のように使って部屋の飾り付けなどをさせると、ホテルの者たちは本当に王様の来臨のように喜び、メードからその他の使用人にいたるまで、寄るとさわると私をほめる噂ばかりだった。
午後になり全く飾り付けも終わり、まず、当分の私の住まいができたので、私は更にあれこれ用意万端整え、やがて、夕刻の7時になったので、散歩に行くと言って、ゆったりとこのホテルを出た。
目指して行くのはどこだと思う、私がハピョだった頃、毎夜のようにギドウと立ち寄った、当時流行のコーヒー館だ。
土地の紳士はたいていここに寄り集うので、ギドウもきっと来ているだろうと思い、入って行って広場の一方に腰を下ろし、部屋中眺め回すと、私から8,9m離れたテーブルに向かい、我こそは当府第一の紳士だぞと言わぬばかりの顔付きで、フランスのフィガロ紙を読む一人は、実にこれ私の偽りの友、真の敵、私の妻ナイナを盗んだ姦夫、あの花里魏堂(ギドウ)だった。その小指からきらきらと光を放つダイヤモンドの指輪も、確かに見覚えがある私の指輪だった。
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