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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.6. 24

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳
    
   第五十五回 八本目の土柱だ
 
 栗山角三の用心深さに引き替えて、老白狐鳥村槇四郎は非常に大膽(胆)な男である。角三の言葉に由り、己の身代わりとなり、活埋めにせられたのは、我が尋ねるお梅であることを悟ってから、一刻の猶予もなくその夜直ちに角燈を照らして、恐ろしい穴の中へ入り込んだ。

 穴は奥まるに従って、益々其所此所(そこここ)に掘り残した土の柱がある。どの柱がお梅の死骸を包んで居るのか、僅かな角燈の明かりでは、充分な検査も届かず、依って此の夜は何の結果をも得ずに立ち返ったが、此の上は彼の自首して出た秘密党員長谷川某に問う外なしと、直ぐに牢屋まで尋ねて行った所、此の頃政府の代わり目で、どの司法官も我れ先に功名手柄を上げようと争っている時なので、早や此の秘密党事件を以て、一世の名誉を挙げるべき大裁判と思ったと見え、あの長谷川を密獄に投じて何人にも面会を許さない。

 鳥村は少し失望したが、警視総監から特別の許しを得れば、面会することは難かしくないと思い、更に穂内総監の邸を訪れたが、穂内は此の頃功成って名を遂げ、結婚を考えている際なので、交際社会に行って居て留守である。帰りの程も分からないとの事なので、最早(もは)や如何とも仕方が無い。長谷川に逢うことは当分出来ない者と断念(あきら)めて、再び穴の中を検める事に決めた。

 昨夜は心周章(あわて)た際なので、どの柱なのか判別することが出来なかったが、今日は落ち着いて検めたならば、豈(よ)もや分からない事は無いだろうと、又も燈火など用意して入り込んだが、穴の中には昼夜の別は無い。日の目を見ない常暗(闇)の境なので、物凄い事は前と同じである。

 殆ど長居が出来無い程であるが、特に勇を鼓舞し、及ぶだけ検めたけれど、どれも同じ柱で是かと認める所がない。斯(か)くなれば外に工夫なく、一つ一つ柱を掘り崩し、土を解いて探る以外にないので、何度来ても同じ事である。だからと言って、己れ一人の力では、数ある柱を掘り頽(崩)すことは到底出来ることでは無い。

 手下を使う外は無いけれど、此の様な大事を、端(はした)ない者に打ち明けるのは極めて危険である。誰にしようか彼れにしようかと、様々に思い悩んだ末、終に下等探偵の一人で田原と云う力強い男が居るのを思い出し、之を呼んで来て酒を呑ませ、徐々(そろりそろり)と我が大事を説き、事若し成ったならば年々六千法(フラン)(現在の日本円で約600万円)の給金を給付してやると云うと、此の有難い御意を得てどうして断れようか。

 田原は大喜びに打ち喜び、一人の力で、ある丈の柱を残らず掘り頽(くず)しましょうと云い、早速種々の道具を用意して来たので槇四郎は念を押し、
「愈々此の柱と見込みが附いたら、直ぐに返って俺に知らせろ。その時は俺が一緒に行くから。」
と言って田原を一人を送り出した。

 田原は素より鳥村に見込まれる程の男なので、今までも鳥村の言附ける事には、一たびも背いたことはなく、どれほど五月蝿い仕事でも、必死になって仕遂げるのを自慢としていた。鳥村は先ずは良しと安心し、是からは唯田原からの便りはどうしたと、そればかりを待って居ると、翌日の午後になって、田原はグランジ街の妾宅へ尋ね来た。

 鳥村は先に栗山角三を通した一室に彼れを通し、
 「何うだ分かったか。」
と問うと、彼れは何時になく顔を顰(しか)め、
 「長官先ず一杯お呑ませなさい。胸が悪くて話も出来ません。」
と答えた。何故に胸が悪いのかは知らないが、彼が一杯呑ませろと云うその口振りの鋭さは、何か結果を得た爲に違いないと、鳥村は早速上等銘酒の口を抜き、一杯を酌(つ)ぐと、彼れは一息に呑み乾して、

 「アア是が是だ、是れでヤッと話が出来ます。モシ長官。」
 鳥「イヤここでは長官と言って呉れるな、役所向きの言葉は耳ざわりだ。」
 原「ジャア何と云いましょう。」
 鳥村は笑いながら、
 「そうサ、旦那とでも云って呉れ。」
 原「ジャア、旦那、胸も悪くなるだろうじゃありませんか。こう言う訳です。」

 鳥「フム死骸を掘り出したと云うのじゃな。」
 原「掘り出したにも何も、昨日から今日まで七つ掘り出しました。」
 鳥「エ、七つ、エ、七つ」
 原「それもこうでサア。何でも取り附きの柱から順に頽(くず)すが好いだろうと、第一に先ず一番前の方にある一本を頽(崩)しますと、イヤに湿っぽい様な土臭いような臭気(におい)がする。

 必定死骸があるのだなと、益々深く掘りますと鍬の先にコツと当たったのは、土まみれの髑髏(どくろ)です。何でも七、八年も前に埋めた者と思われるから、是ではないと直ぐに土をかぶせ、次へ次へと掘って行くと、二本目、三本目、皆同じ様な骨があります。

 けれども奥へ行くだけ、段々その骨の新しい所を見ると、何でも彼奴(きゃつ)等は矢張り戸の口から、段々奥の方へ埋めて行った者と見えます。奥へ行くだけ死骸が新しくなるには、少し気持ちが悪くなり、寧(いっ)そ二、三本飛ばして掘って見ようかとも思いましたが、イヤここが辛抱だと、今朝又早く起き、今まで掛かって到頭七本掘り尽くしましたが、七本目では実に逃げ出し度くなりました。」

 鳥「それで七本とも皆死骸があったのか。」
 原「ハイ皆ありました。その中にも七本目は何うでしょう。未だ新しいから一鍬掘る度に、プンプンと臭気が来ます。それを我慢して一時間も掘ると、臭気は益々甚だしく、特にその土が湿って居て、何となく鍬が粘る。それを又三鍬ばかり掘ると、ズルズルと鍬に掛かる者があるから、摘(つ)まんで見ると袋の紐です。

 袋の事を貴方から聞いて居るから、徐々(しずしず)と四辺(あたり)の土を退けて見ると、ズックの袋が腐ったなりに所々未だ形を存じて居ます。土を退け尽くし、鍬に掛けて引き出すとコロコロと転がり出て、私の足の上へグサリトと落ちたが、その気味の悪い事。

 でもここが大事だと、私は角燈を取り、その心を掻き立て、良く見ますと何うです。ウジ虫がゾロゾロと這って居ます。それも好いとして、袋をもう一度転がすと、今度は炭団(たどん)の様な大きな穴が開き、唇が流れて白い歯を剥き出して居る。」
 その恐ろしさを云い来るのを、流石の鳥村も聞くに耐えられなかったのであろう。

 「もうその後は言って呉れるな。」
 原「ハイ私も最(も)う言いません。」
 鳥「それで止めて帰ったのだな。」
 原「ハイ止めて帰りましたが、是でもう分かりました。貴方の目指す大事の死骸は、直ぐ此の次に在る八本目の柱です。今夜一緒に行って掘りましょう。」

 鳥村も此の話に心鈍り、暫し気持ちの悪い顔をして、黙然と控え居たが、今夜もう一度との言葉に励まされ、一杯のブランデーを呑み乾し、
 「好し行こう。」
 原「もう八本目は左程酷い事はありません。二月か三月前の死骸なら、それほど恐ろしくはなって居ないでしょう。」

 鳥「幾等恐ろしく成って居ても仕方がない。」
 原「そうですとも。是まで遣って止めると云う事はありませんから。」
 鳥「そうサ、併し今夜の何時に仕様。」
 原「私しは九時に行きますから、貴方は九時半に入らっしゃい。」
 鳥「好し好し」

 九時半と二人はここに約束を定めた。
 アア活地獄(いきじごく)。


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