simanomusume171
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百七十一) 目録の第三号
何の恐れ、何の驚き、添子の顔色は殆ど死人の様である。此の顔色に江南の心も驚きと恐れとに満ちた。
添子の驚き方が、一通りではないので、江南も驚かされて、
「早く云え、早く、早く、」
この様に急き立てられ、手を取られ体を揺すぶられて、添子は又も語り続けた。其の声は殆どヒステリーの様にも聞こえる。
「私は何うか貴方に、お金の都合をして上げたいと、唯其れのみを思って居ました。全体私が網守子の家へ住み込んだのも、其の為でしょう。網守子の財産を何うかして、其れでお金を拵(こしら)えると云うのが、貴方が私を彼の家へ住み込ませた目的で有りました。私は出来るだけ忠実に貴方の指図を守り、立ち聞きもすれば尾行もする。夜中に網守子の寝室(ねま)へ忍び入り、其の寝息を伺ったことさえあるのです。
貴方、貴方、私の為(し)たことは全く泥棒の所業です。私は何も此の様な淋(さ)もしい真似ををする様には、生まれ附いて居ないのです。其れも是も皆、貴方に引き入れられたのです。貴方、弱いのは女だと申します。私は全く弱かったのです。貴方の為にーーー貴方の為に、---貴方の為に自分の持って生まれた正直な心まで失って了(しま)いました。」
江南は声荒く、
「愚痴などは後にして、云う可(べ)き事を早くお云い。」
添「其れで私は、網守子の引き出しと云う引き出しは悉く開け、書類と云う書類は、鍵のかからない所に有るだけは、悉く偸(ぬす)み読んで、網守子の身の上の事は、知れるだけ良く知りました。
有る時網守子から、其の紅宝石(ルビー)の事もチラリと聞きましたが、是も根掘り葉掘り、様々に網守子を釣り込んで、終に其の紅宝石(ルビー)は古江田利八の子孫に与えるのだと知りました。けれど其れを受け取る可き古江田利八の子孫が、貴方だと何うして知ることが出来ましょう。私はーーー私はーーー。」
江「ソレ、又横道に反れる。」
添「其の後気を附けて居りますと、別に古江田利八の子孫を尋ねて居る様子も見えず、此の向きでは、此の紅宝石は、何時までも誰の物とも為らずに、空しく銀行の倉の内に保管預けと為ったまま、転がって居るだろうと思いました。尤も網守子が銀行へ預けて有るのは、紅宝石ばかりでは無く、私は或る時、銀行の受け取り目録を見ましたが、第一号から第百何十号まで、口数が数え切れない程も有るのです。
其の内の幾号でしたか、或る時銀行から取り寄せて私に見せましたが、恐らくは朝廷にも無いだろうと云う様な、古代の笹縁(レース)です。一インチ(2.4cm)でも余程の値です。若し其の一袋を手に入れれば、貴方の貧乏も直ぐに消えて了(しま)うのにと、私は羨ましいやら残念やらで、却って網守子を憎らしくも思いましたが、其の時、目録の番号を見て、今云う紅宝石(ルビー)が第三号と記入せられて居ることを知りました。
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