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島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(二百四十七) 手紙の続き
唐崎夫人の手紙は、宛(あたか)も日頃談話する通りの調子で、下の様に続いた。
「私は展覧会の開けた第一日に見物した一人ですが、画の事は全く素人であるとは云え、「古家庭」の絵の前には、永いこと立ってシミジミと見惚れました。其処へ玄人の方も集いましたが、孰(いず)れも此の絵が、此の度の展覧会で、第一等の評判を得るであろうと言い、少なくも成功を疑わない口振りでした。」
網守子は込み上げる嬉しさを抑えつつ、更に読み下した。
「是に反して、多くの見物を失望せしめたのは、此度に限り、蛭田江南の絵が出ないことです。彼は先日逃亡に良く似た漫遊の度に上りました。妻添子も一緒です。
或人の説には、彼に対しては既に捕縛の命令が発せられて有るとも言いますが、世間一般は漫遊と信じて居ます。彼が展覧会へ出す様に云って居た波の絵は、秘密に誰かが買い取った由で、今年の展覧会へは、彼の作は一品も出て居ません。」
勿論出て居ないのが当然であると網守子は頷(うなづ)いた。
「彼は出発前に、あの絵を大急ぎで売り払ったと思われますが、此様な事は、私よりも貴女の方が良く御存知かも知れません。買主は捨部竹里ですよ。けれど竹里は買い取った事を、誰にも云わない様子ですから、私も誰にも云わないのです。
ですが網守子さん、私は何も彼も合点して、実に驚きましたよ。梨英の書いた古家庭のモデルが、貴女の幼い頃の姿であることは、私に良く分かりますが、其の画が、江南の乙姫と同じであることも分かりました。
網守子さん、是れで何して私が、何も彼も合点せずに居られましょうか。江南は私の作った小説を、自分の名で発表した男です。私の此の実験は、江南の画と梨英の画と、何故にこう似て居るかを、充分に私へ説明して呉れます。
世間の素人は、其の様な事には夢中で有りますけれど、玄人は大抵合点して居る様です。若しも江南が都に居て、今までの通り其の画が展覧会に出て居るなら、多分は江南を弁護する様な説も出ましょうけれど、江南が逃亡して、梨英の画のみ輝いて居るのを見て、誰が江南を弁護しますものか。
此の様な事情の為に、玄人は益々驚き、何故に梨英の様な天才が、長く他の陰に隠れて居たかと云い、素人は唯知った振りに、江南以上の天才が出現したなどと評して居ますが、何にしても大層な評判です。」
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